昨年、縁あって、東京理科大学専門職大学院総合科学技術経営研究科総合科学技術経営専攻(長っ…。以下、東京理科大学MOT大学院と略)に遊びに行くことがあったのだが、そこで本書を執筆された森先生と鶴島先生、それと「成功者の絶対法則 セレンディピティ」の著者でもある宮永先生にお会いする機会を得た。本書も森先生からいただいたもの。森先生、ありがとうございます。
森先生は東芝で日本発の日本語ワープロを開発された方で、そのときの話は(私は残念ながら見れていないのだが)NHKのプロジェクトXでも取り上げられた。一方の鶴島先生はソニーでCDを開発された方で、その後、ソニーのCTOにも成られている。
本書はこのお二方の実体験を元にした技術開発と経営に関する話が対談の形でまとめられている。対談をまとめるのが伊丹先生(私はお会いしたことはない)。
私は、ずっとソフトウェア開発をしてきているし、客先に行くことも多いので、技術とビジネスの話が両方できる。これを活かして今後は技術と経営の橋渡しのようなことができれば良いなと考えているのだが、このお二方の話を聞いていると、自分の経験など日本初の製品や世界に通用する製品を日本で開発するようなことに携わってきたきた方々から比べると、なんてかわいいものだったのかと思う。正直、このような方々と露知らず、自分の経験をだらだらとお話したかと思うと赤面ものだ。
本書はAmazonでもまだそんなに販売ランクが高く無いようだが、研究開発や製品開発に携わる人には是非読んで欲しい。特に、プロジェクトリーダーなどチームをリードするようになった人にはお勧めだ。冒頭にも書いてあるが、MOTには 1) プロジェクトリーダーとしてのMOT、2) 研究所長としてのMOT、3) CTOとしてのMOTがある。MOTというとかなり上の人が意識するものだと思うかもしれないが、プロジェクト単位でも経営の視点は必要であり、この本ではプロジェクトを成功させるためのMOTの観点からのポイントがいくつも述べられている。
森先生の日本語ワープロの開発プロジェクトからは、プロジェクトのコンセプトをシンプルかつ製品を的確に説明できる言葉で表現することの大事さを学んだ。日本語ワープロの場合は3行で表現されているが、この3行のコンセプトにより、プロジェクトの優先順位が確定する。また、原点に戻るときにも常にこのコンセプトが役立つ。日本語ワープロの場合、コンセプトの1行目は「自分が手で清書するよりも速く文書が作れる」となったのだが、ここには日本語かな漢字変換という言葉が含まれていない。製品の実装方法は製品そのものの市場での価値とは無関係であるという考えからだ。技術者の視点ではなく、ユーザーの視点から製品を捉えるべきであることを示している。また、コンセプトを社外にもオープンしたことによって市場が創造され、それが最終的には東芝のキーボード配列がJIS化されるという知財戦略にまで発展することになる。これなどは今で言うオープンスタンダード戦略といえるのではないか。
鶴島先生のCDの開発では、Dデー(製品出荷日)があらかじめ確定していたため、それに向けて現実的な選択肢を選んだことが書かれている。常々、エンジニアはアーティストではないのだから、制約がある中で結果を出さなければいけないと思っている(最近はアーティストも実は同じだということに気づいた)が、そのことが鶴島先生のCD開発プロジェクトでも良くわかる。また、発売になったCDプレイヤーをエンジニアが頼まれてもいないのに秋葉原に販売支援に行ったというエピソードも話されている。書籍の中では「イノベーションの評価は、まず顧客の共感の量」と書かれているが、まったくそのとおりだと思う。今の世の中だと、すぐに報酬にばかり目が行き勝ちであるが、それよりも実際に自分の製品を喜んで使ってくれているユーザーの姿を見ることに勝る喜びはない。リーダーたるものはそのような経験をメンバーに与えられるべくプロジェクトを運営するべきだ。
そのほかにも、営業と研究所と顧客の三角のモデル-営業とともに顧客に出向くことで実際の顧客の声を聞き、そこから仮説を作り、ほかの顧客で妥当性を確認する(森先生)という話にも共感したし、八合目まで行ったら直登あるのみという話も訴えるものがあった。
<略> 八合から九合のときが一番けんかになるんです。いら立っているのに納期は迫っているわ、まだできるという見通しがついていない。そこでみんなが言い合いになるんです。その言い合いを許していると、いつのまにかつぶれてしまうんです。う~む。耳が痛い。
そのとき、ちょっとステップバックして突破できる別の道を探そうという提案が出るんですね。それから、もう一つの提案としてありがちなのが、この道はきつすぎるから脇道を見つけられないかという案。最後が、せっかく計画してここまで来ているんだから、あとこの苦しい一合は直登あるのみ、という案。
失敗するチームの多くはステップバックするのです。戻るわけですから納期はどんどん迫ってくるわけです。そうすると、もうステップバックすらもできなくなって立ち往生してしまう。脇道というのはまだ許されますが、しかしみんなきついんだからあと一合だけ頑張ろうというのが正解。直進あるのみのほうが成功する確率が高いです。
あと、ロードマップについても批判されている。
とくに最近のロードマップを描けというのは、あれは無駄な努力だと思いますね。描いたら、もう成果が出たような気がするんです。ナンセンスです。
<略>
化学の研究なんて目標の特性を満たす材料が明日できるかもしれないし、二年かかるかもしれない。わかないのです。わからないのに一生懸命やっているところで「ロードマップを描け」と言われると、現場の研究をやっている人の中には、珍妙なロードマップを描く人も出てくると言うんですよ。何年何月発明とか書いてあって、形の上ではロードマップが作ってある。ここでは研究所の話がされているが、ソフトウェア製品の場合、研究と製品開発の境目があいまいなので、自分のやっていることにも当てはまるように思う。ただ、自社で閉じる場合にはロードマップというのは必要ないかもしれないが、パートナーが自社製品に依存してビジネスをしている場合にはロードマップの提示というのは必要なことではないかと思う。本書の中でも次のように書かれている。
<略>インテルがロードマップを盛んに言っているんですが、あれにはインテルの戦略としての意味はたしかにある。自社にとって望ましい方向を描いて、みんなこれに協力しないと承知しないよ、という意味で言っている。確かに、インテルの戦略ではあると思うが、一方、AMDなどの競合がいる中で、ロードマップを提示することでパートナーとの協業を進めざるを得ない現実もある。マイクロソフトなども同じだろう。
ほかにも本書からは得るところが大変多かった。まだまだ書きたいくらいだが、きりが無いのでこの辺で。
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森 健一 伊丹 敬之 鶴島 克明
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