2013年3月30日土曜日

マラソンは「ネガティブスプリット」で30分速くなる!

マラソンは「ネガティブスプリット」で30分速くなる! (ソフトバンク新書)
マラソンは「ネガティブスプリット」で30分速くなる! (ソフトバンク新書)

マラソンレースを走るときには、事前にペース表を作り、それを忠実になぞるように走る。ペース表から大きく外れない限り、目標とする時間内にゴールすることができる。

過去に挑戦したレースには、ほぼすべてこのような方針で臨んだ。たとえば、今年1月の館山若潮マラソンでもそうだ。レース前日に書いたブログ記事で、コース図などを元に計画を立てたことを紹介している。結果は、翌日書いたブログにある通り、計画とあまり外れることなく、無事目標を達成することができた。

ペースは、コースによって多少異なるものの、基本は後半に緩やかに遅くなることを前提としている。前半を飛ばし過ぎないようにするのは鉄則だ。実際、前半にペースを上げすぎてしまったレースはことごとく失敗しているので、それは理解しているのだが、それでも後半は筋肉痛やエネルギー切れが起きるのが当たり前であることもあって、後半は前半よりもかなりペースが落ちることを覚悟して走る。

このように後半にペースが落ちることを「ポジティブスプリット」と呼ぶが、その逆に、後半のペースが前半を上回ることを「ネガティブスプリット」と言う。

本書は、この「ネガティブスプリット」を紹介するものだ。

本書によると、近年のマラソンレースでの勝者はほぼすべてこのネガティブスプリットで走っているという。

確かに、ネガティブスプリットとまではいかなくても、最後まであまりペースを落とさずに走りきったときの記録は悪くない。走り終わった際の爽快感も格別だ。

どうしても自身の持久力に自信がないため、前半に貯金をしようとする心理が働いてしまいがちなのであるが、逆に後半に山を持ってくるほうが良いのかもしれない。

実は、このことは私が参考にしている「非常識マラソンメソッド」の中でも勧められていた。だが、どうしても自信がなかったので、ポジティブスプリットで走ってしまっていた。

何故、ネガティブスプリットが良いのか、本書では次の5点を挙げる。
  1. 将来予測が可能な距離からペースを上げられる
  2. 後半の失速を防いで失敗レースを避けられる
  3. 心理的にラクだからペースを上げられる
  4. 30kmの壁がなくなる
  5. ペースメーカーの影響を受けにくい
将来予測とは「残りの距離を余力を残さずに走りきるにはどのくらいのペースを刻むべきか予測すること」である。100m走でペースなどを考えなくて済むのは、全速力で走りきれる距離だからだ。42.195kmにもなると、ペース配分が重要となる。これに必要となるのが将来予測だ。ネガティブスプリットで走れば、残りの距離と自分の余力を天秤にかけ、いけると思ったところからペースを上げることができる。

心理面での利点も頷けるものだ。後半ペースを上げて走れば、ペースが落ちてきたランナー達を抜いていく快感を得ることができる。実は、最初にフルマラソンに挑戦したときは、若干足に違和感があったことなどもあって、前半をかなり抑え目に走り、後半を普段のペースまで戻した。記録は平凡なものであったが、その際に、この「後半にほかのランナーを抜きまくる」快感は味わったことがある。確かに、ほかのランナーを抜いていく際の爽快感は疲労をふっとばすものだった。

30kmの壁と言われるように、後半失速するのは誰しも経験するものだが、筆者はこの原因を 1) グリコーゲンの枯渇による疲れ=抹消性疲労と 2) 脳の疲れ=中枢性疲労の2つによるものだと分析する。30kmの壁はハンガーノックアウトと言われるエネルギー源であるグリコーゲン(糖)の減少が理由であるが、同時にその糖が減少したことを脳が知ると、脳も糖を栄養源として活動するため、自ら(それはすなわち身体全体を意味する)の危機と判断し、運動野からの指示を低下させる。これが後者の「抹消性疲労」だ。筆者は、30kmの壁に陥っても、最後の1kmはペースを上げられたり、ゴール間際で全速力で走れたりするランナーが多いことから、1) の理由ばかりではなく、2) の理由も多いのではないかと推測する。ネガティブスプリットは先程の心理面での利点もあり、この問題を解消する方法となりうる。

マラソンレースでは、市民が参加するようなものでも、ペースメーカーが用意されていることが多い。3時間半、4時間など、どの時間内で完走をしたいかによってついていくペースメーカーが異なる。ペース配分に悩むランナーにとっては大変助かる存在ではあるが、問題点も多く指摘されている。それは、ペースメーカーもイーブンペースで必ずしも走るのではないことだ。これも「非常識マラソンメソッド」で指摘されていたが、ペースメーカーは宣言したタイムよりもちょっとでも遅ければクレームが寄せられるので、ついオーバーペースでそのタイムよりも速いペースで走る。特に、前半にその傾向が見られる。実は、館山若潮マラソンで、私は4時間完走を目指すランナーのためのペースメーカーに最初はついていってみた(ペースメーカーについていくのがあまり良い方法ではないことを知っていたのだが、ちょうど近くを走っていたので、少しだけついてみた)のだが、混雑している最初の10kmをランナーの隙間を縫うようにして走っていていて、あっという間に見失ってしまった。彼についていけるだけの走力を持つランナーだったら、ペースメーカーに頼らなくても大丈夫だろうとその時も思った。ネガティブスプリットでは、そもそもの走り方が後半にペースをあげるものなので、通常のペースメーカーのペース配分と異なる。なので、最初からペースメーカーの存在には惑わされることはない。

以上、すべて納得できるものだろう。

本書では、それを踏まえて、ネガティブスプリットを実現するために必要な走力を実現する練習法も解説している。

ここでも出てくるのが、「42.195kmの科学」でも紹介されていたマラソンを速く走るための3要因だ(乳酸性作業閾値、大酸素摂取量ランニングエコノミー)。それぞれを高めるための練習法が解説されており、大変参考になる。

一番重要なのが、これもまた「42.195kmの科学」で書かれていたことと重複するのだが、セルフコーチング、すなわち、自身でゴールを決め、そのための練習を計画し、実施することだ。トップアスリートでもコーチなどに頼らず(もしくは頼っても最後は自分で決める)自らがコーチとなり自身の身体と対話し、能力を高めていくことが一般的となっているそうだ。

本書の中で、マラソンの練習はビジネスの世界で言うPDCA(Plan、Do、Check、Action)と同じだと
筆者は言う。奇しくも、私が最近IPAの未踏カンファレンスで話したのと同じことを言っている。

自分の考え方がプロが考えるようなことと同じだとわかって、ちょっと嬉しい。

さて、今までもペース配分については、後半に山が来るようにというのは聞いていたのだが、ここまでしっかりと説得力のある形で「ネガティブスプリット」を説明されると、これを試してみないわけにはいかないだろう。

次回の長野マラソンで、トライしてみようと思う。

そのためには、まず練習。そして練習。単に走るのではなく、速く走るための3要因のどれに効く練習かを意識しながら。

2013年3月29日金曜日

42.195kmの科学

先日、IPAの未踏カンファレンスというイベントで「走る科学」というタイトルで講演を行なった。

以前に書いた「ランニングのすゝめ」というブログ記事でも触れたように、ランニングと科学/工学とは親和性が高いと感じている。そのようなことをこのカンファレンスでは話したのだが、そう言っている割には、あまりランニングを科学的に分析したことが無いと思い、Amazonで探してたどり着いたのが、この本だ。

42.195kmの科学 マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」 (角川oneテーマ21)
42.195kmの科学  マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」 (角川oneテーマ21)

サブタイトルに書かれていることからわかるように「つま先着地とかかと着地」論争が本書のテーマの1つとなっているのだが、実はそれはあくまでも結果として、この走法の違いが世界のトップランナーの速さの秘訣(の1つ)だということに過ぎない。この結論にたどり着くまでに、世界のトップランナーを一年間に亘って取材班は追い続けている。

本書は昨年放送されたNHKスペシャル「ミラクルボディー 持久力の限界に挑む」の取材班(善家賢氏)が放送ではカバーできなかった話も含めて書籍化したものだ。私は、番組をつい見逃してしまっていたので、大変ありがたかった。

なんちゃって市民ランナーの1人であり、箱根駅伝などの大ファンでもある私でも知らなかった事実が本書では明かされる。たとえば、ここ数年のマラソンの上位はほぼケニアとエチオピアの選手によって独占されている。IAAF(国際陸上競技連盟)による歴代記録上位100傑で、この2カ国以外の選手はわずか6人しかいない。日本人は高岡俊成選手が1人入っているだけである。

最近の日本男子マラソンの低迷は知ってはいたものの、私の世代では、瀬古選手や中山選手などが強かったイメージがまだ残っているので、日本が弱くなったのだとばかり思っていた。実際には、東アフリカ地域だけが上位を占めるような状況になっていたわけだ。しかも、この2カ国の選手であっても、新しい選手が次から次へと台頭し、ロンドン五輪ではなんと隣国ウガンダの選手が金を獲った。

本書では、ロンドン五輪前であったため、その当時にフルマラソンを2時間3分台で走った人類史上3人しかいない男たち、エチオピアのハイレ・ゲブレシラシエ選手、ケニアのパトリック・マカウ選手、同じくケニアのウィルソン・キプサング選手に密着し、その強さの秘密を科学的に分析した。

長距離を速く走る要因は、次の3つだと本書の中では整理されている。

  1. 最大酸素摂取量(VO2max) − 糖や脂肪を分解しエネルギーを生み出す際に必要となる酸素をどれだけ体内に取り込めるかの能力。
  2. 乳酸性作業閾値(LT) − 糖が分解される際に生み出される乳酸は筋肉への負担がある閾値を超えると、急に増加する。その閾値をLTと呼ぶ。有酸素運動から無酸素運動に切り替わるポイントとも言われる。このLTが高ければ高いほど、すなわちLT内で走れるスピードが速ければ速いほど、疲労せずに速い速度で走り続けることができる。
  3. ランニング・エコノミー −走りの効率性であり、いかにエネルギーを消費せず走れるかの能力。ランニングフォームなど大きく影響を与える。
本書では、トップランナーがこの3つの要因において、どのような能力を持っているか、またどうしてその能力が得られたかを科学的に解明している。結論として、それらの能力は生まれた育った土地や環境によるものが多いことがわかる。そのため、一般市民ランナーはあまり参考になるものではない。ほかの国のトップランナーであっても、そのまま同じことをするというわけにはいかない。実際、ロンドン五輪の日本代表である山本亮選手も驚くような結果であった。

生まれ育った環境。それは高地であることや裸足で長距離を走るような幼少期を過ごしたこと、厳しい競争社会など。

そのままの形では参考にならないとはいえ、本書の最後にも書かれているように、日本でも既成の実業団とは違う形で育ったランナーが出てきている事実がある。そのようなマラソン界の新星たちの中にも、本書で紹介されているトップランナーと同じような志向を持っている選手がいる。本書および番組で行われたような科学的なアプローチと組み合わせることで、日本選手もまたトップに返り咲くことがあるのかもしれない。

また、一般市民ランナーも、ひたすら走るだけではなく、先ほどの3要因を理解した上で、限られた時間での練習を効率的に、どの能力を高めるためのものであるかを判断し行なっていくために、本書は良い材料となるだろう。

振り返ってみると、今まで読んだランニング関係の本や雑誌などでも、各練習法が何を鍛えるものであり、マラソンの最中に身体には何が起きているかなどは解説されていた。残念ながら、それらはなかなか頭に残らなかったのだが、このように世界のトップランナーを科学するというアプローチは私の性に合っているようだ。今、自分の中では、マラソンをモータースポーツになぞらえてイメージするようになっている。排気量を増やすためには、燃費を良くするには、足回りを頑丈にするには…など。そのようにイメージして練習法を選ぶようにしている。

1つ残念なのは、本書は一切グラフや画像が無いことだ。

番組を見逃してしまったと言ったのだが、ひょんなことから本書を読んだ後に番組も見ることができた。さすが、NHKスペシャルという感じで、非常にわかりやすいグラフや画像が多く使われていた。一部でも本書に挿入されていたら、よりわかりやすくなっただろうと思う。それだけが少し残念だ。

ところで、サブタイトルにもなっている、走法の論争、つま先着地 vs. かかと着地 であるが、最近ではつま先着地が有利のようだ。本書でとりあげられたトップランナーは全員つま先着地である。ただ、そこには単に「つま先着地」というレベルではない驚くべき違いがあった。これも番組の映像だと文章だけよりもよりわかる。

出し惜しみしているようで申し訳ないのだが、つづきは本をどうぞ。もしくは、NHKオンデマンド(って、オンデマンドで提供しているかどうか知らないけど)で。

NHKの回しもんじゃないよ (^^;;;