2013年3月29日金曜日

42.195kmの科学

先日、IPAの未踏カンファレンスというイベントで「走る科学」というタイトルで講演を行なった。

以前に書いた「ランニングのすゝめ」というブログ記事でも触れたように、ランニングと科学/工学とは親和性が高いと感じている。そのようなことをこのカンファレンスでは話したのだが、そう言っている割には、あまりランニングを科学的に分析したことが無いと思い、Amazonで探してたどり着いたのが、この本だ。

42.195kmの科学 マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」 (角川oneテーマ21)
42.195kmの科学  マラソン「つま先着地」vs「かかと着地」 (角川oneテーマ21)

サブタイトルに書かれていることからわかるように「つま先着地とかかと着地」論争が本書のテーマの1つとなっているのだが、実はそれはあくまでも結果として、この走法の違いが世界のトップランナーの速さの秘訣(の1つ)だということに過ぎない。この結論にたどり着くまでに、世界のトップランナーを一年間に亘って取材班は追い続けている。

本書は昨年放送されたNHKスペシャル「ミラクルボディー 持久力の限界に挑む」の取材班(善家賢氏)が放送ではカバーできなかった話も含めて書籍化したものだ。私は、番組をつい見逃してしまっていたので、大変ありがたかった。

なんちゃって市民ランナーの1人であり、箱根駅伝などの大ファンでもある私でも知らなかった事実が本書では明かされる。たとえば、ここ数年のマラソンの上位はほぼケニアとエチオピアの選手によって独占されている。IAAF(国際陸上競技連盟)による歴代記録上位100傑で、この2カ国以外の選手はわずか6人しかいない。日本人は高岡俊成選手が1人入っているだけである。

最近の日本男子マラソンの低迷は知ってはいたものの、私の世代では、瀬古選手や中山選手などが強かったイメージがまだ残っているので、日本が弱くなったのだとばかり思っていた。実際には、東アフリカ地域だけが上位を占めるような状況になっていたわけだ。しかも、この2カ国の選手であっても、新しい選手が次から次へと台頭し、ロンドン五輪ではなんと隣国ウガンダの選手が金を獲った。

本書では、ロンドン五輪前であったため、その当時にフルマラソンを2時間3分台で走った人類史上3人しかいない男たち、エチオピアのハイレ・ゲブレシラシエ選手、ケニアのパトリック・マカウ選手、同じくケニアのウィルソン・キプサング選手に密着し、その強さの秘密を科学的に分析した。

長距離を速く走る要因は、次の3つだと本書の中では整理されている。

  1. 最大酸素摂取量(VO2max) − 糖や脂肪を分解しエネルギーを生み出す際に必要となる酸素をどれだけ体内に取り込めるかの能力。
  2. 乳酸性作業閾値(LT) − 糖が分解される際に生み出される乳酸は筋肉への負担がある閾値を超えると、急に増加する。その閾値をLTと呼ぶ。有酸素運動から無酸素運動に切り替わるポイントとも言われる。このLTが高ければ高いほど、すなわちLT内で走れるスピードが速ければ速いほど、疲労せずに速い速度で走り続けることができる。
  3. ランニング・エコノミー −走りの効率性であり、いかにエネルギーを消費せず走れるかの能力。ランニングフォームなど大きく影響を与える。
本書では、トップランナーがこの3つの要因において、どのような能力を持っているか、またどうしてその能力が得られたかを科学的に解明している。結論として、それらの能力は生まれた育った土地や環境によるものが多いことがわかる。そのため、一般市民ランナーはあまり参考になるものではない。ほかの国のトップランナーであっても、そのまま同じことをするというわけにはいかない。実際、ロンドン五輪の日本代表である山本亮選手も驚くような結果であった。

生まれ育った環境。それは高地であることや裸足で長距離を走るような幼少期を過ごしたこと、厳しい競争社会など。

そのままの形では参考にならないとはいえ、本書の最後にも書かれているように、日本でも既成の実業団とは違う形で育ったランナーが出てきている事実がある。そのようなマラソン界の新星たちの中にも、本書で紹介されているトップランナーと同じような志向を持っている選手がいる。本書および番組で行われたような科学的なアプローチと組み合わせることで、日本選手もまたトップに返り咲くことがあるのかもしれない。

また、一般市民ランナーも、ひたすら走るだけではなく、先ほどの3要因を理解した上で、限られた時間での練習を効率的に、どの能力を高めるためのものであるかを判断し行なっていくために、本書は良い材料となるだろう。

振り返ってみると、今まで読んだランニング関係の本や雑誌などでも、各練習法が何を鍛えるものであり、マラソンの最中に身体には何が起きているかなどは解説されていた。残念ながら、それらはなかなか頭に残らなかったのだが、このように世界のトップランナーを科学するというアプローチは私の性に合っているようだ。今、自分の中では、マラソンをモータースポーツになぞらえてイメージするようになっている。排気量を増やすためには、燃費を良くするには、足回りを頑丈にするには…など。そのようにイメージして練習法を選ぶようにしている。

1つ残念なのは、本書は一切グラフや画像が無いことだ。

番組を見逃してしまったと言ったのだが、ひょんなことから本書を読んだ後に番組も見ることができた。さすが、NHKスペシャルという感じで、非常にわかりやすいグラフや画像が多く使われていた。一部でも本書に挿入されていたら、よりわかりやすくなっただろうと思う。それだけが少し残念だ。

ところで、サブタイトルにもなっている、走法の論争、つま先着地 vs. かかと着地 であるが、最近ではつま先着地が有利のようだ。本書でとりあげられたトップランナーは全員つま先着地である。ただ、そこには単に「つま先着地」というレベルではない驚くべき違いがあった。これも番組の映像だと文章だけよりもよりわかる。

出し惜しみしているようで申し訳ないのだが、つづきは本をどうぞ。もしくは、NHKオンデマンド(って、オンデマンドで提供しているかどうか知らないけど)で。

NHKの回しもんじゃないよ (^^;;;