2011年11月16日水曜日

天才と狂人の間―島田清次郎の生涯

ヤングジャンプに「栄光なき天才たち」という連載があった。何度か続編や新編として続けられているようだが、私が読んでいたのは80年代後半、私が大学生のころだ。 

そこで島田清次郎を知った。 栄光なき天才たち 10 (ヤングジャンプコミックス) 

私は見ていないが、本木雅弘主演でNHKのドラマもあったようだ。
涙たたえて微笑せよ明治の息子・島田清次郎

不遇な少年期に、自分は他者とは違う。選ばれし者だというと思うようになる。後に統合失調症を発症するが、すでにこのころから精神的に常人ではなくなっていたように見える。 

明治から昭和への激動の時代を背景に、純粋な小説というよりも世間をアジテートするような論調だったこともあり、大ヒットとなる「地上」を産み出すにいたる。

文学としての評価はあまり高くない。それもあり、現代ではほぼ忘れられた存在になっているようだ。

青空文庫で読めるので、私も少し読んでみたが、途中で止めてしまった。

青空文庫:地上 地に潜むもの (島田清次郎)

小説家/作家というよりも、恐らく精神的な主導者という存在に本人もなりたかったのだと思う。女性スキャンダルにより世間から抹殺され精神に異常をきたし、そして亡くなる。

本人は無念だったろうが、時代の寵児というのはこのような存在のことを言うのかと考える。

アジテート出来る存在。本当は今はこんな人がもっといても良いように思うのだが。

天才と狂人の間―島田清次郎の生涯 (河出文庫) は彼の生涯を綴ったもの。直木賞を受賞。

金哲彦のマラソンレース必勝法42

金哲彦さんと言えば、ランニングのコーチとして多くの著作を出されている。私も何冊か読んだことがあるが、どれも秀逸だ。こういった実用本を多く出す人にあるように、オーバーラップする部分もあるが、それでもいつも参考になる。ついつい新しい本が出ると手にとってしまい出版社の術中に嵌っている。



このマラソンレース必勝法はフルマラソンに参加する人に向けたガイドだ。レース10日前からレース当日、そしてレース後までのTipsを42個紹介している。

正直、どれもがどこかですでに話されていることである。著者の金さんの別の著作からか、もしくは他著者の書籍や雑誌、ネット記事かもしれない。

だが、レース前にどうしてもじたばたしてしまいがちなランナー、特に初心者ランナーにとってはこのように時期に応じてやるべき事がまとめられているのはありがたい。それぞれのTipsがせいぜい4から5ページでまとまっているのも読みやすくて良い。

初級者、中級者、上級者と、Tipsがどのようなレベルのランナー向けかが示されているし、またレース当日については通過距離ごとに細かく書かれている。

少なくとも、本書を読んでおけば、大失敗することはないだろう。欲張らなければ完走は約束されていると言っても良い。

本書を通じて、特に後半で書かれているマラソンの意義。それは「自分を客観的に見つめ直す」ことであり、それを通じて「人生を豊かにする」ことである。
マラソンにおける失敗は、他人のせいではなく、すべてが自分に責任がある。そして、失敗の原因は誰よりも自分が良く知っている。その事実をあらためて認識し、理解し、受け入れ、そして改善しようと努力するスパイラルが、自分の人生を必ず高めることにつながるのである。
まさに私がランニングに嵌っている理由もこれである。著者の金さんは近年癌を克服した。それについては「走る意味―命を救うランニング」に書かれている。こちらもお勧め。そのような経験をされた金さんだからこそ、この言葉は重い。

以前書いたブログポストもあわせてどうぞ。

2011年11月14日月曜日

ホイト親子の夢と勇気の実話 やればできるさ Yes,You Can.



タイトルがどうにかならんかと思うが、知らない人に知ってもらうにはこのタイトルでも仕方ないかと思う。「Yes, You Can」というのは後述するが、ふさわしいかも。

YouTubeなどでも有名になっているようだが、生まれつき障害を持った息子に普通の生活をさせよう、一般の教育を受けさせようとする夫婦。ここまでは良くある話ではあるが、彼らは決して諦めない。ある日、車椅子でしか移動が出来ない息子が言う。「お父さん、僕は走りたい」マラソンレースを見た息子は父に言う。その日から車椅子に乗る息子を押して走る父が生まれた。初めは完走がやっと、そのうちに一般ランナーに負けないスピードで。さらにはトライアスロンにも挑戦。



こういうお涙頂戴的なものには射で構えてしまうのだけれど、それでも本書で彼らの成し遂げてきたことを追っているうちにどんどん引き込まれる。

家族の愛であったり、人間としての尊厳であったり、絶え間ない挑戦であったり。そのようなものを考えさせられる。

初めにこの話を聞いたとき、やっぱりアメリカは違う。日本だったら障害を持った人間を車椅子で押しながらマラソンやトライアスロンを走るなんて、まず許可は得られない。悔しいけれど、やっぱりアメリカは自由の国だし、ダイバーシティを重んじているなと感じた。

だが、この本を読むと、彼らはなんどもダメと言われていることがわかる。そのたびにさまざまな手段を用い、挑戦し、失敗してもまた挑戦する。

「Yes, You Can」は講演で彼らが聴衆に覚えて帰ってほしいという3つの単語だそうだ。彼らは何度となく「No, You Can't」と言われ続けてきた。健常者と同じ教育を受けることも、そしてマラソンやトライアスロンに正式に選手として参加することも。

ホイト親子の夢と勇気の実話 やればできるさ Yes,You Can.

本書によると、息子を支えてきた夫妻は現在は離婚しているという。見えないところではいろいろと苦労や課題があるのではないかと想像するが、それでも走るという極めて原始的な人間の行動原理を用いて、彼らは何かを伝えてくれていると思う。

以前に書いた「アスリートと生」もあわせて読んで欲しい。

2011年11月13日日曜日

読んだ本

ほかのソーシャルサービスに書くこともあって、ブログに読書の記録を書くことがあまり出来なくなってしまっている。震災の影響ももちろんあるのだけれど、多くはただの私の怠慢。

というわけで、主に自分への記録用に今年(一部は昨年後半)に読んだ本のリストを掲載しておく。
  • 時速1000字で書く技術
    図書館で借りてきた。文書を速く大量に書きたいという欲望は昔からある。少しでも役立てばと思ったのが借りた動機。いわゆる名分を書くということを目的としたものではなく、必要に迫られて書くときの戦略と戦術が解説されている。まず、具体的に定量ベースのゴールをたてる。それが「1時間」で「1000文字」というものだ。それぞれの理由も明確に示される。スピードアップには 1) それに関わる行為そのものを素早くする方法 と 2) プロセスを効率化する方法 に分類出来るが、ここでは後者に焦点があてられる。結果としてはすでに実践しているようなことがほとんどであったが、それらを思い出すことも出来たし、読みやすい。忘れないようにしないと。
  • 英語学習7つの誤解 (生活人新書)
    これも図書館で借りた本。今年初めに読んだ「外国語学習の科学」と内容は重なる。ただ、本書の第13話にはある「達人たちの英語学習法に学ぶ」がある。これを読んでみると、達人の中には科学的には必ずしも勧められない方法であっても英語を習得出来ている人もおり、結局は努力こそが習得の鍵であるという、何か科学的に正しい効率の良い=楽な方法を探していた私などには残念な結果が示されることになる。
  • 私は真犯人を知っている―未解決事件30 (文春文庫)
    こういう未解決事件解説本というのが結構好きで、書店で見つけると大概購入してしまっている。ゴシップ的に犯罪を解説するという悪趣味な感じが行き過ぎると辟易としてしまうが、風化させないために発生当時と同じもしくはそれよりも情報を精査した形での報道というのは必要であろう。この本では犯罪だけでなく、社会を揺るがしたニュースも取り上げられている。面白かったのが「[影武者]降板 天才勝新と天皇黒澤の知られざる激突」と「桑田と清原 親友同士を引き裂いたKKドラフトの『仕掛け人』」の2つだ。「影武者」の際の勝新と黒澤監督の対立は知っていたが、勝新が現場では黒澤監督を完全に食っていたというのは知らなかった。これが原因の1つとなり勝新が表舞台から消えていくというのが事実ならば、残念でならない。桑田と清原の件は私が早稲田大学に在籍中だったということもあり、強く記憶に残っている。密約はあったんだろうなと思うし、ドラフトなんてそんなもんだと思うので、それに対しての怒りも別にない。ただ、知らなかったのは「桑田の一件でPLの野球部の後輩は早稲田どころか六大学にも入れなくなった」(清原)という事実だ。引退後の桑田はその野球道に打ち込むような姿勢から評価する声が多く、私も一目置いていたが、彼と巨人軍が行ったことの罪深さを改めて感じさせられた。
  • 福島 原発と人びと (岩波新書)
    ずっと原発問題を追っているフォトジャーナリスト広河隆一さんの著作。新書だが、写真をふんだんに取り入れている。タイトルにあるように、福島原発事故の影響を受けている人々の声を取り上げる。放射線の身体への影響については正直どこまで深刻かは私にはわからない。わかっているのは、想像よりも深刻でありそうなこと、たとえ科学的に身体への影響が無かったとしても、人々の精神を攻撃し、神経をすり減らし、人間関係を破壊し、その結果として精神的にも肉体的にもダメージを与えることだ。この中で語られる人々の、特に子供たちの声が痛々しい。
  • 原発のウソ (扶桑社新書)
    311以降、積極的に情報発信を行う小出裕章氏の著作。「不屈の研究者」と帯にあるが、まさにそのとおりであろう。311以降に政府や東電の言っていた「ただちに健康に影響を及ぼすものではない」はもはやブラックジョークとして扱われるようになっているが、パニックを避けるための表現としてはあの時点であのように言わざるを得なかった背景は理解出来る。日経BPのサイトで「正しく怖がる」と放射線のことを解説していたが、まさに必要なのはパニックを起こすでもなく、放射線と生き続けるざるを得ない環境を選択した今(東)日本に残っている住民が生き続けるための知識であり、データであり、知恵である。小出氏はそのための知識を授けてくれる。それにしても、このような怪物マシンをなんでまだそのままで動かそうとするのか。次に何か起こったら国家消滅の危機だということをわかっているんだろうか。
  • 早稲田実業 躍進の秘密 (朝日新書)
    母校愛。大学に対してはあんまり思い入れが無いのだけれど、中高と過ごした早稲田実業(早実)に対する思い入れはすごい。高校野球予選は時間さえあえば観に行く。最近作られたFacebook上の同窓メンバーのグループで同期の連中の状況は気になってチェックするし。鶴巻町から国分寺に移り、商業科がなくなり、小学部が出来、男女共学になり、早大への推薦率があがり、入学の難易度はあがり、もう昔とは違ってしまったと思うところも多いけれど、野球の応援などを見ていると、あー変わらないなと思う。学校のことならだいたい知っていると思っていたのだけれど、歴史などはそうでもなかった。竹久夢二が卒業生だとはまったく知らなかった。なんと。
  • キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)
    著者の佐々木俊尚さんから献本いただいたもの。ありがとうございます。
    ソーシャルサービスの台頭によって、キュレーションの重要性が認識されている。これは日々、TwitterやFacebookなどで情報洪水とも言える中、この人の発言は特に気をつけて追っておこうなどと考える人が多いことからも容易に想像出来る。この書籍は震災前に発売されたものであるが、震災関係の情報においてもキュレーションが威力を発揮した。大本営発表たる政府や公的機関などの発表を信頼出来なくなり、かと言ってデマゴークにあふれる発言の1つ1つにパニックになっても仕方ない。
    震災でもその重要性が高く認識されたキュレーションであるが、キュレーターをキュレーションしてくれるキュレーターが必要になるような事態が訪れるのかもしれない。とか思ったり。いつもながら豊富な事例と文化に結びつける読み物としても面白い切り口に感心。
  • 生き残るメディア 死ぬメディア 出版・映像ビジネスのゆくえ (アスキー新書)
    こちらも献本いただいたもの。一年近くも前なのにお礼していなくてすみません。おまけに今読み直したら結構内容を忘れていることに気づいた。もう一度読まなければ。電子書籍や動画配信などについて関係者のインタビューを含めて体系的にまとめたもので、知っていると思っていることでも参考になる部分が多かった。動きが速いので、今となっては古くなった部分もあるが、それでも貴重な一冊かと。
  • 正しく知る放射能 (学研ムック)
    ガイガーカウンターの勉強をしようと思ったときに、そもそも放射能についてもきちんと理解していないと思って購入した一冊。図や写真が豊富で、さすが学研という感じであるが、これを読んだからと言って理解出来るとは限らない。前提となる知識がないと理解が難しい部分がある。また、一度読んでも覚えられない部分もある。むしろ、わからない用語が出たときなどに参考にすると良いのではないかと思う。福島などの地域でも身体への影響は現時点では限定的であるという立場に立つ本なので、それはそのように理解して読むべき。
  • 日本の「未解決事件」100 (別冊宝島) (別冊宝島 1733 ノンフィクション)
    これだけ同種の書籍を読んでいると、ほとんど内容はわかっているのだが、未解決事件マニアとしてはもしかしたら新情報でもと思い、ついついまた買ってしまう。他に読むものが無いときとか、ちょっとした時間つぶしには、何度読んでも良いんだよね。
疲れたので、このくらい。続きは1冊ごとか、またリストにして残りを。

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録

朽ちていった命―被曝治療83日間の記録を読んだ。 1999年に起きた東海村での臨界事故犠牲者の被曝治療を記録したものだ。NHKスペシャル取材班によるもの。

  【ショートクリップ】NHKスペシャル 被曝治療83日間の記録 

致死量を優に超える大量の放射線を浴びると人はどうなるのか。人間の設計図とも呼ばれる染色体が破壊されたことによる人体への影響というものが被害者である大内さんの治療記録から読み取れる。

前例の無い症例に立ち向かう状況下では教科書はおろか先生も頼る人もいない。治癒の見込みの無い患者に対してどう向きあえば良いのか。

余命半年 満ち足りた人生の終わり方でも書いたこととも通じるが、治癒の見込みが無い場合、患者は、家族は、医療従事者はどのように判断すれば良いのか。これは現代の医療全体に突き付けられた課題である。

被曝治療の場合において、特にこの東海村での事例においては、少しでも長く人間としての時間を持てるようにするにはどうすれば良いか。それを探るためにも、完全治癒が難しかったとしても治療を続けざるを得なかったのであろうことが伺える。前例が無いが故に、効果的な治療をぎりぎりまで探る。

多くの人が一生のうちに一度はかかるようになり、また命を落とす人の原因ともなっている癌の場合は、決して社会的なコンセンサスが確立し、患者への適切なアドバイスなどが用意されているというわけではないものの、数多くの事例を元に、治療を続けるべきかどうかの判断はしやすいであろう。前例が無い世界においてはその見極めが難しい。

それでも医師たちは治療が長引き、現状を維持することしか出来なくなった時点で繰り返し逡巡する。その時点での現状というのがもはや患者に苦痛しか与えず、人間としての尊厳さえも危うい状況であった。

簡単に答えを出すのは難しい。

一方、この東海村の事故を教訓にして活かすだけであっても、正しい放射線に対しての危機意識を持つことが出来ただろう。広島、長崎での被曝を経験し、さらにはこの東海村の事故を経験したにも関わらず日本はそれを正しく学習してこなかった。今度こそ、後世に、そして世界に学びを伝えることが必要だ。