東京奇譚集 (新潮文庫 む 5-26)
久しぶりに村上春樹氏の作品を読む。マウンテンビュー滞在中およびそこからの帰国時に読了。
5作品による短編集。
最初の作品「偶然の旅人」は村上氏自身の体験談のような形で書かれている。ゲイの友人(ピアノの調律師)が体験した不思議な偶然の話なのだが、村上氏らしいストイックな美意識に貫かれている。あるひとつの出来事がきっかけで、ふと呼び出されたように、普段行っていない行動をとることがある。その結果、起きることが、あらかじめ仕組まれていたような偶然。もしかしたらユングの言うシンクロニシティなのかもしれない。
次の「ハナレイ・ベイ」はサーファーである息子を亡くした女性の話。ちょっとオカルト的な結末であるが、作品の雰囲気を壊すほどではない。主人公の女性がなかなかおしゃれ。
3品目は「どこであれそれが見つかりそうな場所で」。失踪した人間を探す話。正直、もうちょっと盛り上がりを期待していた。登場人物もほかの作品に比べると少し魅力に欠ける。
4品目は「日々移動する腎臓の形をした石」。この短編集の中ではこれが一番気に入った。登場人物が二人とも素敵だし、何より物語の最初に出てくる主人公の男が父親から言われたという「男が一生に出会う中で、本当に意味を持つ女は三人しかいない。それより多くもないし、少なくもない」という言葉が印象的だ。物語もこの言葉を軸に進む。話の中で主人公も言うが、この言葉は本当に重い。こんなことを言われたら、周りにいる女性をすべてそんな目で見てしまうだろう(実際、主人公はそうなっている)。主人公の言葉で言うと「カウントダウン」。実際、ひとつカウントされてしまうことになるが、物語の終わり方は決して悲観的でない。
最後の作品は「品川猿」。名前を忘れやすくなってしまった女性の話。この話も悪くない。ただ、ちょっと途中からの流れが前半の流れとずれている感じがする。