2010年3月1日月曜日

ぬるい眠り

短編9編が集まった江國香織さんの短編集。最も古いものは89年作で最新のものでも03年。作品の中に登場する小物が少し古いのはそのせい。書かれた時期は違うけれど、どれを読んでもいつもの江國ワールドが広がっていて、安心して読むことが出来る。

「ラブ・ミー・テンダー」では長年連れ添った夫婦の他人には理解できないかもしれない愛が語られ、表題作「ぬるい眠い」では高校生と付き合いながらも前の彼を忘れられない女性が葬る愛が語られ、「放物線」では一時期を一緒に過ごした仲間との間の変わらぬものへの愛が語られ、「災難の顛末」では愛猫についたノミとの格闘を経てわかった自分への愛が語られ、「とろとろ」ではほかの男達と関係を持つことで強まる彼への愛が語られ、「夜と妻と洗剤」ではあるプロトコルで関係が保たれる夫婦の愛が語られ、「清水夫妻」では死という日常のイベントに参加し続けることで感じられる生きることへの愛が語られ、「ケイトウの赤、やなぎの緑」では不思議な人たちとの集まりの中から感じられる彼への愛が語られ、「奇妙な場所」では一年に一度の行われる家族イベントから感じられる日常への愛が語られる。愛に生きる人たちを語る江國ワールド。

「災難の顛末」ではある日自分の体にできた赤い斑点、それは愛猫のノミが原因だと後に判明する、との戦いが書かれる。主人公は、彼よりも、そしてその原因である愛猫よりも、自分の体が愛おしいという事実に気づく。ストーリーを簡単に書いてしまうとこんなものなのだが、このノミとの格闘を通じて、自分以外のものの価値に気づく部分の描写は戦慄とさせる。

「清水夫妻」は赤の他人の葬式に潜り込むことを趣味とする夫婦。その夫婦と一緒に葬式に参加するようになり、死を身近に感じることによって、生の魅力に気づく主人公。その前には現在進行形の自身の恋愛さえ色あせてしまう。「私もいつか死んだとき、愉しく生きたことをまわりの人たちに憶えていてほしいなと思う。だからそのためにも愉しく生きたいと。」主人公の言うこの言葉は私の考えと一緒。

「ケイトウの赤、やなぎの緑」は「きらきらひかる 」の十年後の話。「きらきらひかる」を読んでいない人は読んでからのほうが良いかも。

江國作品は良くも悪くも安心して、予定調和の世界が楽しめるのが良い。

ぬるい眠り (新潮文庫)

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関連商品
きらきらひかる (新潮文庫)
赤い長靴 (文春文庫)
思いわずらうことなく愉しく生きよ (光文社文庫)
夕闇の川のざくろ (ポプラ文庫)
いつか記憶からこぼれおちるとしても (朝日文庫)
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2010年2月2日火曜日

ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術

 以前、検索エンジンを運営する企業に勤務する友人からこんな話を聞いた。
「佐々木さん、これからの時代、将来的に子どもに独立してビジネスをさせたいのなら、できるだけ他の人と似たような名前を付けないほうがいい。なぜなら、どのような名前をつけるかによって、子供の人生が変わるかもしれませんから」
佐々木俊尚さんの新刊、「ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術」の冒頭にこのような逸話が出てくるが、この友人はもしかしたら私のことかもしれない。

ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術 (宝島社新書)

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関連商品
次に来るメディアは何か (ちくま新書)
グーグル時代の情報整理術 (ハヤカワ新書juice)
週刊 ダイヤモンド 2010年 1/23号 [雑誌]
ニコニコ動画が未来をつくる ドワンゴ物語 (アスキー新書)
Twitter社会論 ~新たなリアルタイム・ウェブの潮流 (新書y)
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私は以前より、組織の看板より自分の看板で勝負できるようになることの重要性やネットを活用したセルフプロモーションについて書いていた。
この本は私のそのような思いを代弁してくれているものだ。組織に頼らない生き方の重要性を説き、具体的にネットを使った方法を解説する。本書の中でも書かれているが、ネット上でセルフプロモーションを行うのには、ある程度プライバシーを露出する必要があり、特に個を隠し、組織の一員としてのみ機能することが求められる日本社会においては、必ずしも多くの人に支持されるものではないと思っていたが、Amazonのレビューを見ると、この本の主張に賛同する人が多いようだ。日本も変わってきたのだろうか。

自分の中でトラウマになってしまっているので、いわゆる「実名 vs. 匿名」論争には今でもあまり加わらないようにしている。トラウマになってしまったのは2年前あるセミナーで「ネットで検索してもひっかからない人は存在しないも同じ。ブログなどには写真を入れておくべき」と発言したことに端を発して受けたバッシングが原因だ。この時の発言が対象者やどのようなコンテキストで語られたかを抜きにして一人歩きし、はてなブックマークでは「死ねばいいのに」タグを付けられるまでになった。そのセミナーは学生がメールやブログをビジネスでどう活用するかを説いたセミナーだったので、自分を売り込むためにはということで、このような発言を行ったのだが、そのときにネット住民から受けた反対意見はプライバシー露出することによる危険性をどう考えているのかというものであった。はっきり言うと、きちんとTPOをわきまえて情報を公開すれさえすればほとんど危険など無いのだが、何を言っても無駄な状況と判断して、特に反論をしなかった。もっとも私がブログで反論したとしても、彼らはきっとそれを読む気もなかったろう。

この本では、そのセミナーで私が発言したようなことが多く含まれている。時代を先取りしていたなどと言うつもりは毛頭ない。むしろ、この本がきちんと受け入れられるようになってきたことを喜ばしく思う。

さて、他人には勧めておきながら、改めて見直すと自分のセルフプロモーション/ブランディングは正直言って意図しない形となってしまっている。本でも勧められているTwitterを私も早くから使っていたのだが、当初よりできるだけ仕事のことは書かないようにしていたし、自分の気持ちをそのまま吐き出すことにより不思議と同じような趣味趣向の人が集まってくるのが心地よく、本当に気持ちの赴くまま書いている。結果、どうなったかというと、酒飲みの私のフォローワーはほんとんどがアル中かアル中予備軍で、夜にもなると、どれだけ酔っ払っているかを競いあうかのような醜いTL (Time Line) となってしまっている。いったい私はどういうブランドを目指しているのか。

ちなみに、Twitterでのプロモーションやブランディングは実は結構難しい。成功している人も多いが、そのような人はかなりの努力をしているか、Twitter以外ですでにある程度名前を知られた人だ。実名以外でアカウントをとってTwitterで発言をしていたことがあったのだが、いかにフォローしてもらうことが大変かをその時に肌で感じた。私の本当のアカウントで行っているのと同じような発言をしていても、リプライ (@mentions) やRetweetはしてもらえない。これからもわかるように、やはりネット上だけでブランディングを行うのではなく、あくまでもネットを1つのツールとして利用するぐらいのスタンスのほうが良いだろう。

なお、本書は佐々木俊尚さんから贈呈いただいた。いつも本当にありがとうございます。

2010年2月1日月曜日

SとM

書店で平積みされていたのを衝動買い。フランス文学研究者によるSとMの文化論だが、これが面白い。

SとM (幻冬舎新書)

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乳房とサルトル 関係者以外立ち読み禁止 (光文社知恵の森文庫)
「S」と「M」の人間学 (祥伝社新書142)
悪女入門―ファム・ファタル恋愛論 (講談社現代新書)
オール・アバウト・セックス (文春文庫)
〜ひめまる公式〜SとMの法則
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SとMが西欧の宗教から生まれたことや、MがSexという行為を求めているものではないこと、歴史において、Sが増える時代とMが増える時代があることなどを知ることができる。

SMの起源がイエスキリストが迫害されている絵から来ているとは知っていましたか?(1つの説に過ぎないと思いますが)

西欧と日本でのSMに違いがあることを意識していましたか? (西欧では鞭などによる痛みを伴なうもの、日本では縄による拘束するもの)

SMがその時代時代の文明と文化をシンボリックに表現したものであることを知った。知ったところで、酒の席での話題にするぐらいしか使い道がないかもしれないが、とにかく面白い。

Amazonでのレビューが必ずしも高くないが、レビューワーはおそらくこのような書籍をすでに読んでいるような人たちのようだ。まったく知識がない人が読むには大変お勧め。

2010年1月5日火曜日

竹中式マトリクス勉強法

こういう自己啓発本は最近あまり興味が無くなっていて、読まないのだけれど、この本だけはちょっと気になって昨年末に買っていた。もっとも、ブックオフで105円でだが。

興味が無くなっていた理由は、当たり前のことが書いてあるだけのことがあったり、極端な話(超ストイックなことを推奨するようなこととか)が多くとても実践出来そうにないと感じることが多かったからだ。

竹中式マトリクス勉強法

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いつも目標達成している人の勉強術 (アスカビジネス)
榊原式スピード思考力
東大合格生のノートはかならず美しい
ズバリ!先読み 日本経済 改革停止、日本が危ない!
10年後あなたの本棚に残るビジネス書100
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この竹中さんの本も、まぁ、そういう本だ。当たり前のことが書いてあるだけであるが、実はこの当たり前のことを書いている本であっても、それはそれで意味はある。ほかの権威ある人もそう言っているって知ることは自信につながるし、当たり前でも出来ていなかったことを再確認して、(もしかしたら100人に1人くらいは)それをやるようになる。

マトリックス勉強法と言っているのは勉強を「天井がある勉強」と「天井がない勉強」の2つと「人生を戦うための武器としての勉強」と「人間力を鍛えるための人と人を結ぶ勉強」の2つそれぞれを縦と横の2マスずつに入れたマトリックスとして、4マスごとに勉強方法を考えるというのをテーマとしているからだ。だが、正直、あまりこれを意識しなくても良い。書かれている内容はそれを意識してもしなくても有用なものは有用で、自分には使えないと思うものは使えない。

繰り返して書いているように、内容は極めて当たり前のものなので、気になった人は要点を押さえるくらいで良いだろう。目次が良くまとまっているので、それをどっかで見ると良いだろう(本当はここに書こうと思ったのだが、結構な分量なのでちょっと出来なかった)。内容も読みやすいので、中を読みたいという人はもちろん止めない。集中して読めば1時間もかからないで読める。個人的には、本屋で目次を立ち読みか、ブックオフで105円で購入で良いと思う。

2010年1月4日月曜日

いつかパラソルの下で

森絵都さんの作品。

昨年読んだ小説で一番印象に残ったものに、「カラフル」をあげるほど、森絵都さんが最近では気に入っている(2009年 読書感想文リスト)。

いつかパラソルの下で (角川文庫 も 16-5)

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つきのふね (角川文庫)
永遠の出口 (集英社文庫(日本))
ショート・トリップ (集英社文庫)
アーモンド入りチョコレートのワルツ (角川文庫)
カラフル (文春文庫)
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森絵都さんは児童文学がデビューだったこともあるのか、ストーリーテラーとしては本当にうまい。2時間ものの映画になることが想像できるくらいに起承転結がはっきりしているし、各シーンでの見せどころもしっかりしている。文章も難解でなくリズムがある。まるで初めから計算されて作られたようにさえ感じる。

この「いつかパラソルの下で」では、厳格な父親に反抗し家を飛び出していた主人公が、父親が若い女性と関係を持っていたことを父親の死後知り、同じく家を出ていた兄と逆に父親の寵愛を受け加護のもと育った妹と父親のルーツを探る旅に3人兄弟ででかける。

親と自分との関係は、フロイトの言うところの「オイディプスコンプレックス」のような形での複合的な意識からの脱却だけではなく、結局のところ「弱い存在」としての親を知るところから親を理解し、そして独立するのではないかと思うが、この小説の主人公兄弟はそのような機会を得られぬまま父親との別離を迎えてしまう。小説では、結果として、若い女性の登場により、父親の旧友と会うことが出来、さらには生まれ故郷である佐渡を訪れることで、「当たり前の人間」としての親を知ることになる。

この親の「当たり前の人間」としての姿を知ることの機会喪失は現代の家族問題を象徴するようなものかもしれないと読み終えて思った。

子供にとって親は当初神格化された存在である。その神格化された存在を壊すのは、もちろん成長していく子供なのであるが、それに加えて、親の親であったり、親の親戚であったりする。盆暮れに故郷に帰ったときに童心に戻る親を見たり、良い歳をした親を子供扱いする祖父母や親戚を見たり、故郷の風景とともに語られる子供時代のエピソードを聞くことなどで、神格化された親が人間に戻る。

故郷が無くなり、極端に核家族化された現代の家庭では、このような機会が失われつつある。むしろ祖父母にあたる高齢者が働き盛りの親世代に必要以上に謙らざるを得ない状況さえ生じている。もっとも、この小説のように厳格な父親(または母親)というのも珍しい存在になっているのも事実だ。だが、子供にはどこかの段階で今に至るまでの弱いところも、今現在の弱さも見せるべきではないか。

親の行動や教育が子にどのように影響を与え得るかを考えさせる小説ではあるが、森絵都さんはそれを実にハートフルに、またコミカルに描く。ほかの森絵都さんの小説もそうであるが、ハッピーエンディングであることが常に救いだ。Amazonでのレビューとか必ずしも良くないみたいだが、私は嫌いではない。というか、結構好きだ。

参照 - ほかの森絵都さんの作品のレビュー

2010年1月2日土曜日

2009年 読書感想文リスト

昨年に引き続き、前年の読書感想文リストを載せる。

昨年は一昨年より少なく、56冊の本を読んだ(コミックと技術書および読んだことを覚えてさえない書籍は除く)。傾向としては例年と変わらない。昨年、以下のようなことを言っていたのだが、まったく変化ない。
薄い本や読みやすい本に流れる傾向が無かったとは言えない。思考の整理学にも書かれているように、あえて歯ごたえのある本にチャレンジしないと脳が退化してしまう。そこで今年はいろんな分野で古典として読まれている本は一通り読んでみることとする。あー、言っちゃったぁ。がんばる。

2008年 読書感想文リスト
その56冊をリストアップすると次のようになる(投稿日時の新しい順)。リンクはそれぞれのレビューが書かれている投稿に飛ぶ。
  1. 「愛」という言葉を口にできなかった二人のために

  2. 世界は「使われなかった人生」であふれている

  3. ウエハースの椅子

  4. ジーパンをはく中年は幸せになれない

  5. マイナス・ゼロ

  6. 工場萌え

  7. 工場萌えF

  8. 生命保険のカラクリ

  9. ニコニコ動画が未来をつくる ドワンゴ物語

  10. 就活って何だ 人事部長から学生へ

  11. 夜の公園

  12. 被告人、もう一歩前へ。

  13. 完全失踪マニュアル

  14. 高校野球「裏」ビジネス

  15. バーボン・ストリート

  16. アイデン&ティティ 32(これはコミックだが、特別)

  17. 少女病

  18. 風に舞いあがるビニールシート

  19. アーモンド入りチョコレートのワルツ

  20. リズム

  21. ゴールド・フィッシュ

  22. しがみつかない生き方 「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール

  23. 人生の軌道修正

  24. 仕事するのにオフィスはいらない

  25. なぜ宇宙人は地球に来ない?

  26. 日本人の知らない日本語(半分コミック)

  27. 現実入門 ほんとにみんなこんなことを?

  28. すきまのおともだちたち

  29. 2011年 新聞・テレビ消滅

  30. カラフル

  31. つきのふね

  32. デジタル社会はなぜ生きにくいか

  33. ひと月15万字書く私の方法

  34. この世でいちばん大事な「カネ」の話

  35. ダメな女

  36. ウェブはバカと暇人のもの

  37. 太らない病気にならない体のつくり方

  38. 落下する夕方

  39. 僕に踏まれた町と僕が踏まれた町

  40. 少年A 矯正2500日全記録

  41. 「少年A」この子を生んで・・・父と母悔恨の手記

  42. 外資系企業で成功する人、失敗する人

  43. 今夜、すべてのバーで

  44. こうばしい日々

  45. 3時間台で完走するマラソン まずはウォーキングから

  46. 粗食のすすめ

  47. センセイの鞄

  48. クラウド グーグルの次世代戦略で読み解く2015年のIT産業地図

  49. 次世代マーケティングプラットフォーム 広告とマスメディアの地位を奪うもの

  50. 転職する人、できない人

  51. キャリア転機の戦略論

  52. 就活のバカヤロー

  53. 安岡正篤に学ぶ

  54. 走ることについて語るときに僕の語ること

  55. だからWinMXはやめられない

  56. 考えるウォークマン
昨年もやったのだが、あえてこの中からマイベスト3を選ぶと次のようになる。
  • 1位:「カラフル」- 昨年は森絵都さんを知ることができた。この他にも何冊か読んでいて、「風に舞いあがるビニールシート」も素晴らしい1冊なのだけれど、あえて森絵都さんの著作の中から1冊を選ぶとすると、これになる。少年少女向けというところが、かえって青臭いことを考え直すきっかけになる。

  • 2位:「『愛』という言葉を口にできなかった二人のために」および「世界は『使われなかった人生』であふれている」。2冊になってしまったが、沢木耕太郎さんの作品で2冊で1冊のようなところがあるので許して欲しい。昨年11月頃に読んだのだが、1つ1つのエッセイが光っている。映画の魅力を再認識出来たし、それを通じて「人」の魅力も再確認出来た。

  • 3位:「走ることについて語るときに僕の語ること 」。私が体を動かし始めたころに読んだ1冊。ストイックな生き方に憧れるけれども、それにスティックすることは拒否したい。そんな矛盾した考えに支配されているのだが、村上春樹さんの「走る」ことへの想いが詰まったこの本からは、一つ自分のインデックス(ベンチマーク)となるものを持つ暮らし方をすることの魅力を知ることが出来る。呑むのも良いが呑んでばかりじゃだめだ。
さて、昨年は抱負を書いたのだが、冒頭に記したようにまったく実行されていない。読書は計画的に行うものでもあるのだけれど、私の場合、現実逃避だったり、息抜きだったりもするので、あまりゴール設定などをしたくはない。今年は(も?)気の向くまま、流されるまま、影響されるまま読んでみたいと思う。面白い本があったら、是非ご紹介を(http://twitter.com/takoratta宛にでも)。

参考: 2008年 読書感想文リスト

2009年12月31日木曜日

沢木耕太郎 2冊 ― 「愛」という言葉を口にできなかった二人のために / 世界は「使われなかった人生」であふれている

「愛」という言葉を口にできなかった二人のために
「愛」という言葉を口にできなかった二人のために

世界は「使われなかった人生」であふれている (幻冬舎文庫)
世界は「使われなかった人生」であふれている (幻冬舎文庫)

沢木耕太郎氏の著作が好きだ。「深夜特急」やこのブログでも紹介した「バーボンストリート」。常にどこか違う視点、会社に勤めなかったという意味で一般とは違いながら、かと言ってプロのジャーナリストと言われるのにも戸惑ような、どこか茫漠としたところがある独特の視点。社会との距離感だけを見ると、冷めているようでいながら、人間への、社会への愛が感じられるその文章に引きつけられる。

この2冊は氏が「暮らしの手帖」に連載していた映画エッセイを収録したものだ。映画評と呼んでも良いのかもしれないが、氏もあとがきで書いているように、そう呼ばれることを望んでいないし、実際に映画の評論というのとは少し違う。むしろ映画を素材にして書かれたエッセイというのにふさわしいものだ。それでも、きちんと映画の紹介になっているし、映画に対する氏ならではの評価もされている。

「愛」という言葉を口にできなかった二人のために ― 「愛」という言葉を口にしたことのある人は少ないのではないだろうか。日本語で「愛する」という言葉はこそばゆいものであり、男女の間だけでなく、本来は親子間や自然や組織に対しても使えるはずの言葉がなかなか使われない。私の偏見かもしれないが、そう思う。だが、日本語という言葉の問題だけではなく、この「愛」という言葉は使うのに勇気がいる。それは、「口にできていたら、状況は大きく変わっていた」かもしれないのだが、「ひとたび実際に口に出したとすれば、『あのとき口にできていれば……』という甘美な記憶は失われることになる」ためだ。つまり、「『愛』が成就したとしても、」その「成就した『愛』は変容」し、「姿や形を変え、それが『愛』であったかどうかということすら不分明になるほど色褪せてしまうことが少なくない」からだ。これは書籍の冒頭の「『愛』という言葉を口にできなかった二人のために」という書籍タイトルと同じエッセイの中に書かれていることだが、まったくそう思う。こう書いている氏のエッセイ自身が「甘美」なトーンで覆われている。こちらの書籍では、このように「愛」という言葉を口にできない二人が登場する映画が紹介される。

世界は「使われなかった人生」であふれている ― 「あの時、XXXだったら」と考えることは多いだろう。人生の分岐点において、ある選択をしたために今の自分がいるのだが、別の選択をしたらどうなっていただろうか。このような選択における別の選択肢は「ありえたかもしれない人生」と「使われなかった人生」になる。似ているが、氏はこの2つは違うと本書の中で言う。
一見、「使われなかった人生」は「ありえたかもしれない人生」とよく似ているように思える。しかし、「使われなかった人生」と「ありえたかもしれない人生」とのあいだには微妙な違いがある。「ありえたかもしれない人生」には、もう届かない、だから夢を見るしかない遠さがあるが、「使われなかった人生」には、具体的な可能性があったと思われる近さがある。

実際のそれを選択できる資格もあったのだが、それを単に選ばなかっただけというのが「使われなかった人生」なのだが、多くの人にもある、このような「使われなかった人生」に関係する映画が紹介されているのが本書だ。

この2冊、どちらも大変素晴らしいエッセイだ。

ただ、真の映画評ではないが、映画の紹介はもちろんされていて、核心部分こそぼかしてはいるものの、エッセイを読めば映画のストーリーはだいぶわかってしまう。それは当たり前ではあるが、氏の手にかかるとどの映画もとても素敵に思え、観てしまいたくなるので、ストーリーがわかってしまうことだけが残念になる。

来年はもっと映画を観てみようと思わせた素敵な2冊。