2009年7月4日土曜日

つきのふね

滅亡する人類を救い出す宇宙船の設計図をひたすらに描く。彼らからの依頼で、約束の日までに。

つきのふね」に出てくる智さんの優しい狂気は誰もが抱える自分の内なる世界への憧憬であり、社会との接点の取り方に悩む人すべての代弁でもある。
 「悪いけど、やめるわけにはいかないよ。これはぼくの任務だし、彼らとの約束なんわけだから」
 「彼らなんて知らない」
 「このプロジェクトがつぶれたらみんながこまるんだよ。人類の未来がかかっているんだ」
 「人類なんて知らない。みんな好きにやってるじゃん。ばらばらに、勝手に生きているじゃん。放っておいたってこのまま勝手に生きていくんだよ」
 「そう」と、智さんが突然、瞳を光らせた。「だからこそ、みんなをまたひとつにする船が必要なんだよ」
 「え?」
 「みんながべつべつに生きているのはいけないことだ。このままいくと人類はますますばらばらになって収拾がつかなくなる。地球には人と人をへだてる障害物が多すぎるんだ。そこで彼らは、宇宙船の中で人類をまたひとつにすることにした」
 それこそが、と夢見るように智さんが笑う。
 「それこそが人類を救う唯一の道なんだ」
親友だった梨利と仲たがいをしたさくらに勝田くんが絡んでくるところから始まる。さくらと梨利にいつもついて回っていた勝田くんは、しつこく尾行/調査を行い、さくらの心のよりどころである智さんのこともかぎつける。そしていつの間にか、さくらと一緒に智さんの部屋に入り浸ることに。どうにかして、さくらと梨利を元通りにしようと思いつつも、智さんの心はさらに壊れていき、梨利は売春斡旋疑惑で不登校に。

中学生の語り口で進む物語のスピード感とこの4人の不安定さが心に響く。考えてみると、ノストラダムスを気にしていた我々は本当にノストラダムスを信じていたわけでもなく、ノストラダムスにより決められた約束の日を踏み絵にして、信じられる人たちとの結束を確かめたかっただけかもしれない。物語の中の宇宙船はそのためのシンボルだ。

物語の後半での智さんの友人からの手紙には涙してしまった。涙腺が弱いのは昔からだが、小説で涙するのは久しぶり。少年少女の心を失っていないということにしておこう。人として尊い存在になるためにも。

つきのふね (角川文庫)
つきのふね (角川文庫)

余談: 1999年は私はWindows 2000の開発に追われた年だった。年末近くまで開発していたが、RTMと同時に今度はY2K対策のためにすべてのマシンを古いOSにし、パッチのテストを。大晦日は会社に泊まりこんでいざというときのために備えていた。私の予想ははずれ、まったく何も起こらなかったのだが、オフィスの床に寝袋で寝転がって迎えた新年は今となっては良い思い出。