2007年1月2日火曜日

看板を背負わない生き方と看板を彩る生き方

前の会社を辞めるとき、会社の看板で商売をさせてもらっているというのを強く意識していた。自分の本来の実力以上に、看板により自分が過大評価されている。そんな違和感を常に持っていた。

正直、会社の中には勘違いおやじ(&おばさん、小僧、小娘)になってしまい、その看板を背負った自分を本物と思ってしまうやつもいたりした。自分はできるだけ、看板をはずしても通じるような実力をつけたいと思っていたし、看板がなくなっても付き合えるような人と知り合いたいと思っていた。

そんなこんなで、「XXXの及川さん」(XXXには会社名が入る)と呼ばれるのは実はあまりうれしくなかった。

昨年10月末に転職して、これで看板とは無縁の生き方ができるし、しなければいけないと思ったのもつかの間、実は看板が着け変わっていただけというオチに気がついた。考えてみたら、当たり前。前職とは専門の違う会社に転職したのだが、転職先も前職ほどではないが、それなりにネームバリューのある会社だ。新たな看板を背負うことになっただけに過ぎない。それに気がつかなかったのはなんと間抜けなことか。

結局、独立でもしない限り、大きな違いはないのだろう。

一方、看板の色やデザインは背負う自分たちも影響を与えられるものだ。すでに立派な看板になってしまい、手の届かない存在になってしまっているならばともかく、そうでないならば、看板に誇りを持って、自分の看板という意識を持てば良い。前職のときは、なぜか自分が支える看板という意識を持つよりも、看板の存在が必要以上に大きく感じられた。今の会社も社会的責任は大きいし、自分がどこまで影響力を与えられるかはわからない。だが、少なくとも、自分で看板の色やデザインを少しずつなら変えることはできそうだ、そのような期待は持てる。

看板に頼らない生き方を意識するとともに、看板を与えられたものと考えるだけでなく、自分も所有者の一部だと考えるようにするのが自然だ。今までは、必要以上に肩に力が入ってしまっていたのかもしれない。

というようなことを、新年早々にふと考えた。