自分のキャリアをサニタイジングしたかったのだ。
私は転職するしないに関わらず、年に1回程度はキャリアコンサルタントと会うようにしている。自分のキャリアについて人材市場を知り尽くした人間からの助言をもらうためだ。キャリアコンサルタント(もっとはっきり言うと、ヘッドハンターやエグゼクティブファームの人間)の中には、人を右から左へ移動させることで対価を得ている、本当にハイエナのような人間もいるが、幸いなことに、私がここ10数年ほど親しくさせていただいているそのコンサルタントの方は、私に転職の意図がないにも関わらず、私の相談に乗っていただいている。
彼との話の中で自分が感じたのが、あまりにも前の会社(当時勤めていた会社)とその技術であるWindowsに自分がコミットしすぎていた点だ。自分のスキルも、仕事の流儀も、人脈も、すべて前の会社に高度に最適化されていた。
前の会社で定年まで迎える覚悟ならば、それでも問題はなかったのだが、その外資系で定年まで勤め上げるということは正直まったくイメージがわかなかったし、自分の残りの人生をかけるにふさわしいだけの仕事をこなすチャンスがあるかが疑問だった。
そこで、私はサニタイズを考えた。
これをキャリアロンダリングと書いているのが、ヒューマン2.0―web新時代の働き方(かもしれない)だ(違う文脈でだが)。
ヒューマン2.0―web新時代の働き方(かもしれない)
渡辺 千賀
著者の渡辺千賀氏は「テクノロジー・ベンチャー・シリコンバレーの暮らし」について"On Off and Beyond"というブログを立ち上げている。私も愛読しているが、本書はこのブログの延長上にある。ブログで書かれているのは、日本と米国のビジネスの進め方の違いや日米文化についてだ。こう書くと、堅苦しく感じるかもしれないが、渡辺氏は極めて噛み砕いて、というよりも、面白おかしく、いろんな事象を交えて、紹介している。
本書では、そのブログで書かれている内容を整理した(正直言うと、重なっている部分は多い)上で、改めてシリコンバレーの特異性、競合力、そしてシリコンバレーの住人のような生き方をするためのルールを説明している。
実は、この本にこそが私が転職を決意した理由が述べられている(出版は私の転職の後であったが)。
今回、転職するにあたり、私はシリコンバレーにインタビューに呼ばれ、そこで数日を過ごした。サンフランシスコには数年前に滞在したことがあったのだが、シリコンバレーで数日を過ごすことができるのは初めてのチャンスだった。インタビューまでには時間があったので、2日ほど自由に車で移動し、いろいろな場所を巡った。またインタビューを受ける会社でも、途中にオフィスツアーを受けさせてもらい、会社のカルチャーや雰囲気などをレクチャーしてもらえた。
その数日の滞在で、私はすっかりシリコンバレーの虜になってしまったのだ。
本書では、私が感じたキャリアへの不安、シリコンバレーの魅力、それらが説明されている。引用を用いて説明したいくらいだが、おそらく書籍の大半を引用しなければいけないくらいになるため、ここではあえて引用はしない。ただ、もしシリコンバレーの強さをしりたければ、さらにはシリコンバレーで働くことを考えたならば、是非読んでみると良い。
シリコンバレーの強さについては、実は前の会社のブログで梅田望夫氏の「ウェブ進化論」の感想を書いたときにも触れた。
本書は最後に「脱エスタブリッシュメントへの旅立ち」という章で結ばれています。この中で梅田氏は次のように新しく始められたプロジェクトについて説明しています。
「日本人一万人・シリコンバレー移住計画」という非営利プロジェクトを立ち上げるこにとした。「世界中からシリコンバレーに集まって切磋琢磨する技術志向の若者たちと一緒になって、日本の若者たち一万人が活躍しているイメージ」を頭に描きながら、その実現のための支援を二十年がかりで行っていこうというものだ。
梅田氏はシリコンバレーで日本人技術者が極めて少ないことに危機感を抱き、このようなプロジェクトを考えられたわけですが、私も同じような危機感を持っています。
数年前、インドに行った際、当時のインド開発センターのディレクターとのディナーで、日本やインドについての教育についての話になりました。
「Tak(彼も私をこう呼びます)、日本では大学を卒業した後、どのくらいの学生が米国企業に就職するんだい?」。
私ははじめこの質問をマイクロソフトのような外資系企業に就職する学生のことを聞いているのかと思ったのですが、よくよく聞いてみると、実はそうではなく、日本を出て、米国で就職する学生の割合を聞いていたのです。私は以下のように答えました。
「日本では日本企業や米国の外資系企業に就職し、会社から米国に出向や派遣されるケースはあるかもしれないが、初めから米国での就職を考える学生はあまりいないよ。僕の時代とは違うから少しは増えているかもしれないけど、ほとんどいないんじゃないかな。」
「そうか。じゃあ、たとえば、クラスに100人同級生がいた場合、何人くらいが米国に行くのかな?」
「う~ん。5名いれば多いほうだと思うよ。」(こう答えましたが、5名もいないだろうと当時の私は思っていました。)
「インドでは半分以上の学生が大学卒業後、インドを出て、米国で職を得るよ。」(半分というのは不確かです。ただ、かなりの割合だったと思います。)
当時、すでにインドは IT 立国として知られていましたので、別段驚くまでも無かったのですが、一方で日本のあまりにも島国的な、ボーダーレスな流動性の無い状況に改めて気づかされた覚えがあります。
インドのすごいところは、一方的な人材流出が起きているだけでなく、きちんと還流もされている点です。インド滞在中にインド開発センターの全体会議に参加する機会を得ることができました。驚いたのは会議の最初に「今月のレッドモンドからの帰国者」というようなコーナーがあったことです。レッドモンドとはこのブログを読んでいる方ならご存知の通り、マイクロソフトの本社の場所です。マイクロソフト本社に行かれたことがある方は、非常に多くのインド人が働いていることをご存知だと思いますが、その何人もが、しばらく本社で働いた後、インドに開発センターができたならということで、インドに戻ってきているのです。
日本においてもこのようなことができたら、なんて素敵でしょう。シリコンバレーやレッドモンドのような環境で武者修行し、日本に戻ってきて、日本の IT 産業への貢献を行うのです。
このように書いた投稿には次のようなコメントがついた。
>日本人一万人「移住計画」
>日本においてもこのようなことができたら、なんて素敵でしょう
何その負け組みな考え方。
日本がシリコンバレーに負けているとしたら、
日本をシリコンバレー以上の科学都市にしよう、
と考えるのが正道でしょう。
何故シリコンバレー並の発展が日本には無理だと端から諦めているんでしょうか。
日本程度に発展した国なら、インドのやり方よりもアメリカのやり方を見習うべきだと思いますが。
日本がシリコンバレー並みの発展をするのは日本人の生き方そのものを変える必要があるため、世代交代が大きく進み、さらに新しい世代がシリコンバレー的な生き方ができなければいけないと思う。そのためには、一度シリコンバレーで実際に働いてみるのが良い。私は今でもそう思う。ただ、私の書き方が「負け組み」的に思われてしまったのは、私の力不足だった。そこで、コメントでは次のように書いた。
そうですね。おっしゃるとおりですね。
日本でもシリコンバレーのようにグローバルな人材が集まるハイテク都市を作れたら素敵ですね。こちらにもいろいろ難題があると思いますが、そのような動きも是非応援したいと思います。
本当にシリコンバレーときちんと張り合うことのできるような社会にしたかったなら、まずは本書を読むと良いだろう。
ついでに、私の転職の理由の半分以上は本書に書かれている。本書を読んで気づいた。私はヒューマン2.0を目指しているのだ。んー、ちと、ほめすぎか?