2008年3月23日日曜日

書を捨てよ、町へ出よう

寺山修司氏の代表作。本当は購入したのは下の表紙の文庫ではない。関連書籍で出ている和服姿の女性(調べてみたら、「小学生日記」のhanae*ちゃんだった)が表紙の新しい装丁のもの。

書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)
寺山 修司

家出のすすめ (角川文庫) ポケットに名言を (角川文庫) 幸福論 (角川文庫) 誰か故郷を想はざる (角川文庫) 寺山修司青春歌集 (角川文庫)

by G-Tools

以前斜め読みしたことはあったのだが、きちんと読んだのは実は初めて。

東由多加氏の書籍(「東由多加が遺した言葉」や「地球よとまれ、ぼくは話したいんだ」)を読んだときにも思ったのだが、高校生のころにこれにはのめり込んでいたら、いったいどうなっていたのかと考えると怖くもあり、少し残念でもある。

高校生のころ、私はアジテーターになりたかった。私の通う系属の中高一貫校の近くにあったマンモス大学。私のころにはすでに学生運動は下火になっていたが、それでも本部校舎の構内を歩くと、そこには立て看板が多くあった。そこに書かれているセンセーショナルなメッセージ。後から思うと、どこかの革命で使われた言葉の使いまわしだったり、詩人の詩を流用した陳腐なものがほとんどであったが、高校生の心には何か触れてはならない大人の世界を垣間見たような気がした。そのマンモス大学には政治家を数多く輩出したという雄弁会なるサークルもあった。彼らの弁論を聞いたことがあったかどうか定かではないのだが、おそらくどこかで聞いた雄弁会か応援部かの演説か応援も私のアジテーターへの憧れをさらに強くさせた。今でも人前で話すことが好きなのは、当時の思いがどこかにあるからかもしれない。

寺山修司氏の言葉は心に刺さる。もう十分常識を持って、守りに入っていても良いはずの、またそれが期待されているかもしれない私でも、本書を読むだけで、競馬をはじめとするギャンブルをしてみたくなるし、馬の種付けの見学をしたくなる。詩も書きたくなるし、転職・家出、引越しを繰り返したくなる(一点破壊主義)。

「自殺学入門」という節には丁寧に遺書の書き方から方法、動機や場所までガイドしてくれている。どうせなら誰かと一緒にと、心中まで薦めてくれる。ここではすでに自殺をした人の紹介までされていて、遺書や死んだときの状況が書かれている。私は変な趣味の持ち主で、何名かの有名人の遺書を諳んじて言える。つい最近もあまりにも疲れたときに、マラソンの円谷選手の遺書を真似して(ふざけて)、「XXXがおいしゅうございました。YYYがおいしゅうございました。卓也はもう働けません」と書いたら、同僚が心配して、IMしてきたということもあった。

もしかしたら、今でも読むのを避けたほうがよい一冊だったのかもしれない。もう手遅れだけど。

メンテナンス情報など

いくつかメンテナンスなどの情報
  1. 旅行というラベルを作成した。それに伴って、今までの投稿のいくつかを更新して、この旅行ラベルをつけた
  2. tableタグを利用すると、その前に余計なbrタグがつくようになってしまっていて見苦しくなっている。現在調査中。テンプレートをいじった覚えもないので、ちょっと手詰まり
  3. Haloscanでのコメントをサイドバーに載せているのだが、いまどき珍しいくらいダブルバイト(なんで、UTF-8なのにダブルバイトが関係する?!)ハンドリングが出来ていないため、文字が途中でぶっちぎられれて見苦しい状況になっている。これはだいぶ前から。報告済みなんだけど、直る気配がないので、対策を考え中

2008年3月22日土曜日

ドメイン(Domain)とシドニータワー(Sydney Tower)

考えてみると南半球は初体験。もっと体に与える影響があるかと思ったけど、そうでもない(当たり前か)。




美術館のあとには、ドメイン(Domain)を通ってシドニータワーに行ってみた。

ドメインは自然を親しむ公園で、ちょっと顔をあげると大都市シドニーの高層ビルが見える。都会の中の公園という意味では日比谷公園とかと同じなのかと思うのだが、なんでこんなにこっちは癒されるのだろう。気候が違うので一概に比べられないが、ニューヨークのセントラルパークとも少し違う穏やかさがある。




右の説明がなかなか素敵だ。

芝生の上を歩いてください(Please walk on the grass)

また木々を抱いてみてください(We also invite to hug the trees)

芝生の上でピクニックして、鳥たちと話してください(picnic on the grass and talk to the birds)

シドニータワーはMarket Street沿い。



高いところは好きなので、眺めが良いのはうれしいが、室内から眺めるだけなので、感動は今ひとつ。






本当はSkyWalkという外に出れるオプションツアーにも参加したかったんだが、時間がないので諦める。残念。





Sydney in March, 2008

ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館(Art Gallery of New South Wales) in Sydney

オーストラリアのシドニーに3泊4日で行ってきた。今回は土日をはさんでいないので、ほとんど昼間外に出れなかったのだが、最終日の3/20(木)の午後に少しだけ時間があったので、周りを探索。









ホテルの前にはHyde Parkが広がっていて、暖かい日差しの元に上半身裸の連中がのんびりと芝生の上でくつろいでいる。写真はエリザベスストリートからまっすぐに抜けていくと、見えるSt.Mary's Cathedral(聖マリア大聖堂というのだろうか)。



時間が2時間くらいしかなかったので、どこに行こうかと公園内でしばし考えたが、ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館が近いようなので行ってみた。














ガイドブックなどを見たわけではなく、空港に置かれていた地図だけで来たので、最初入館料がいくらかわからずに悩んだのだが、聞いてみると、常設展示はすべて無料とのこと。特別展によっては有料のものがあるらしい(当日も1つ有料の展示があった)。ワシントンDCのNational Gallery of Art(国立絵画館)ように、なんて太っ腹かと感動。




地図を入り口で貰ったのだが、中が良くわからずにうろうろと地下1階に下りてみたりしていたら、誰もいないエリアに、いきなり三島由紀夫のビデオが流れていてびっくりした。

最後には自決となる自衛隊クーデーター未遂のときの演説のようだが、こんなにクリアな映像のものは初めて見た。

下に出ている英語の字幕が展示室の中でさらに異彩を放つ。誰も見ていないというのが当時を彷彿とさせるといのは言いすぎか。

ふと隣にある展示ケースを見ると、Eikoh Hosoeというアーティストの作品であると書かれている。細江英公という写真家の「烈火の季節」という作品のようだ。






展示ケースの中にはほかにも細江英公の手がけた三島由紀夫にまつわる作品が展示されていた。異国の地でまさか三島に会うとは思わなかったので、しばし呆然とした。





ピカソの"Nude in a Rocking Chair"も展示されていたりしたが、ニューヨークの近代美術館(MoMA)メトロポリタン美術館、ワシントンDCのNational Gallery of Art(国立絵画館)などと比べると、いわゆる大家の作品は多くない。全体の作品数も少ない。1時間から2時間もあれば十分見て回れるだろう。

展示されていた中で私が気に入ったのが、オーストラリアの写真家のビルヘンソン(Bill Henson)の作品。








写真ではなかなか伝わりにくいかもしれないが、背徳で不安定(不穏)な雰囲気を持った作品。見ていて心地よいわけではないのだが、心をかき乱すものがある。ちなみに調べてみると、私の好きなニーモシネという名前を持った作品集が発売されているようだ。なんという偶然。

Bill Henson, Mnemosyne

また、John Youngという同じくオーストラリアの画家の作品(Hermit Painting #3)も気に入った。デジタル加工された写真(だと思う。説明にもそう書かれていた)や中国画法を大胆に取り入れた作品はエロティックであり、スピリチャルだ。プロフィールを見ると、香港から移住してきたらしい。



たとえば、下の写真にある水が滴る写真の部分の持つ自然の持つ美しさが2箇所にある女性の裸体と共に全体のセクシャルなイメージを増幅させた。最初見たときから、東洋人の作品かと思ったのだが、あながちその感覚も間違ってはいなかったようだ。



ほかにも19世紀の作品などが展示されている。広い館内でゆっくりと見れるのは米国で見たほかの美術館などと同じ。























2008年3月20日木曜日

日本列島カルト汚染―なぜそこまで騙される?勧誘と説得の社会心理学

この本は使える。

本来は悪徳商法やカルト的な新宗教の勧誘の手口を紹介することで、だまされないようにすることが目的の本。もちろん、その意味でも十分使えるのであるが、逆に勧誘する側にとってもどのような手法があるかを知ることができる本だ。

もちろん、そのための本はほかにもいくつもあるのだろうが、だまされる側にたって書かれているこの本の視点は貴重だ。ケーススタディ形式でわかりやすく書かれているのと、だましの手口の背景を心理学的に解説されていることで、なぜいとも簡単に人がだまされるのかが良くわかる。

何かのときに応用できるかもしれない。

と言っても、誰かを今だましたいわけではない(念のため)。

日本列島カルト汚染―なぜそこまで騙される?勧誘と説得の社会心理学

ちなみに、この本を読むと、自分ではだまされたと認めたくないけれど、あきらかに詐欺的商法にひっかかったと認めざるを得ない、まったく同じようなケースが紹介されていて、今さらながらにちょっとショックだった。詳細は内緒。

2008年3月17日月曜日

自分探しが止まらない

小此木啓吾氏の著作に「モラトリアム人間の時代」というものがある。私が中学生のころにベストセラーとなった書籍で、今となっては死語となってしまった感もある「モラトリアム人間」という言葉が流行したのもこのころだ。モラトリアム人間とは大学を卒業しても自分のやりたいことが見つからない、まだやることがあるなどを理由に就職しない人間などを指す。はてなキーワードではモラトリアムのことを「大事なことを引き延ばしに引き延ばして、やらない状態」としている。

私は大学を卒業するときから、また卒業してからも、ずっとこのモラトリアム状態であるように思うことが多い。幸いなことに、どんなことにも興味を持てる性格だったので、営業サポートをしろと言われれば、最初は少し戸惑うものの、すぐに興味を持ち、それなりに成果もあげれるようになった。自分でその時その時はやりがいを見出し、さらには将来像も描いて、それに向けての活動をするのであるが、なんかの折に着け、ふと「これが私の本当にやりたかったことか」、「自分という人間に社会が期待しているものは本当に今やっていることなのか」と考えてしまうことがある。

ここ最近の言葉で言うと、「自分探し」をはじめてしまうことがあるのだ。

自分探しが止まらないはそのような現象をまとめた書籍。

残念ながら書籍としては内容が少し薄いというか、現象をなぞっただけに見えるところも多いのだが、最近の現象を知ることができ、さらにはここしばらくの巷での「自分探し」の方向性を読み取ることができる。

「自分探し」はあくまでも自分中心であり、書籍の中で例としても出てくるテレビバラエティ「あいのり」でも相手よりも裸のままの自分を愛してくれる人を探す。また、自分を変えたいと思うのは昔からあることであるが、「自分探し」では環境を変えることで「自分を変える=(自分の気づいていない)本来の自分を探す」という方向に行くことが多い。自分中心に見えても実際には他者や環境に身をゆだねる。

本書では、ボランティアやエコロジーに始まり、自己啓発セミナーから人気ラーメン屋にいたるまで、すべてに「自分探し」の影響を見て取る。そこまで含めるのは行き過ぎではと思ったりもするが、言われてみると、気持ち悪いほどの共通点が見てとれる。

その共通点は「ポジティブシンキング」なのだが、私は「洗脳の楽園 ―ヤマギシ会という悲劇」でもちょうど書いたように、みんながみんな明るく前向きなのは気持ち悪くてしかたない。人間なんだから落ち込むこともあるし、ネガティブな方向で考えてしまうことがあったって自由だ。本人がポジティブに行こうとするのは自由でそのための指南書が多くあるのも勝手なのだが、なんら方法論が示されず、精神論にしか徹していないのは、全体主義的な危険性さえ感じる。

水谷修氏の「夜回り先生」についても、周りの環境にすべての責任があり、子供は悪くないとする、子供への自己啓発本だとずばり切る。私が以前読んだときも、何か違和感を感じたのだが、異常なまでに周りの環境(=大人)の責任にするところに気持ち悪いものを感じたことに気づいた。また、出版元のサンクチュアリ出版の成り立ちも知らなかったが、サイトで出版されている書籍を見ると、見事なまでに自己啓発系の書籍で占められている。なるほど。知らないところで、みんな「自分探し」が好きになっているようだ。

自分自身のことに戻って考えると、確かに「自分探し」に走るときは、自分の中で迷いがあり、また逃げがあるときのように思う。「自分探し」を否定するものではないが、本当の自分なんてそもそもなく、自分の成長を望むならば、他者や環境に依存するのではなく、もっと主体性を持って考えていきたいものだ。

自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)
自分探しが止まらない (ソフトバンク新書 64)

2008年3月16日日曜日

続 氷点

三浦綾子の「氷点」をこの間読み終わったのだが、読み終わると同時にすぐに「続 氷点」を読み始めた。「氷点」と同じく、文庫で上下2冊になっているくらいのボリュームのある小説なのだが、一気に読めてしまった。
「氷点」は最後で主人公陽子が「許し」を求めるところで終わるが、「続 氷点」では陽子が「許せるか」がテーマとなる。陽子だけでなく、父の啓造も自身の犯した罪に対しての許しを得るために教会に通う。「氷点」よりも「続 氷点」のほうがより宗教的だ。

「氷点」もドラマチックな展開だったが、「続 氷点」はさらにドラマチックなストーリーだ。「許し」がテーマなため、ともすれば重くなり勝ちなのだが、そこは個性的な登場人物の人間模様を描くことで、読者を飽きさせない。今さらだが、三浦氏のストーリーテラーとしての力量を感じさせる。ただ、一方でリアリティには欠ける。複雑な関係を持つ人間が偶然に近しい関係になることはほとんど無いだろう。その意味では「氷点」のレビューでも書いた「赤いシリーズ」的なものは引き続き感じる。

この「続 氷点」の中で登場人物が言ういくつもの言葉が私の胸に残った。

ひとつが陽子や徹の友人となった順子が手紙の中で陽子に言った言葉。彼女の父親が色紙に書いて薬局に飾っているというもの。

    「ほうたいを巻いてやれないなら、他人の傷に触れてはならない」

順子は手紙の中で、さらに「わたしは自分でほうたいを巻くことを知っています。」と書く。自分もこのように自分で自分の傷の手当くらいできるよう強くありたいと思う。また、「ほうたいを巻けないから」と「他人の傷に触れない」ようにするのではなく、できるならば「ほうたいを巻く」ことを常に目指していたい。ただ、興味本位としかなりえないのならば、他人の傷に触れないほうが100倍もマシだ。

もう1つが啓造が教会で聞いた説教の中の言葉。

    「人間は、自分を正しいと思いたい者です」
    「あいつの良心は、と見下げ、見下げることによって、自分の正しさを主張し<どいつこもこちもろくな者でない>と飛躍する人間」
    「低い正義感の人間は、他人を見下げる」

この後に「人間は、あくまでも自分を正義の基準とすると牧師はいった。自分を絶対の基準とし、それより高い者をも、低い者をも、嘲笑する。」と続く。私は聖人には程遠いが、自分が他人に対して不快に感じたり、劣等感を感じたり、優越感を感じたり、それらは確かにすべて自分が基準となっている。ただ、この基準である自分は絶対なのか。

小説の最後で、網走の流氷を陽子は見に行き、そこで宗教的な奇跡を目にすることになるのだが、そこで彼女が思い出す啓造から読むように言われた聖書の一節(ヨハネによる福音書八章一節から十一節まで)がまた考えさせられる。
 その個所には、姦通の現場から引きずり出されてきた女が、衆人に石で打ち殺されるか、どうかという場面が記されていた。
当時のユダヤの律法によれば、姦通罪は死刑であった。しかも、石をもって打ち殺せというのだ。宗教学者や、信仰の篤い男たちが、その女をイエスの前に突出し、
「こういう女は、おきてでは石で打ち殺すことになっているが、あなたはどうするか」
とせ、迫った。おきてのとおりに殺せといえば、愛を説く日ごろの言動に矛盾し、且つ時の支配者ローマ帝国の法律に違反する。殺すなといえば、ユダヤの律法をふみにじることになる。どう答えてもイエスを、窮地に追いこみ得ると見た意地の悪い質問だった。
イエスは沈黙した。そして身をかがめた。そして指で地面に何かを書いた。
彼らは、更に執拗に回答を迫った。イエスは彼らを見まわしていった。
「あなたがたの中で、罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」
再びイエスは、地面に何かを書きつづけた。
一人が去り、二人が姿を消し、やがて残ったのは、イエスと女だけであった。
「あなたがたの中で、罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」
その言葉に、啓造は太い飽か朱線を引いておいた。陽子は痛かった。
なお、このエピソードは「姦通の女」として良く知られている。

最後に陽子の茅ヶ崎の祖父から言われた言葉を書いて、このレビューを終わりにする。

    <一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである>

最近、少し思うことがあり、大学四年時に就職活動の際に考えたことを思い出す。それは「人生一度しかないのだから、自分が人類に貢献できることを探したい」というものなのだが、ここで書かれていることと同じだ。大それているし、青臭いのだが、今もこの思いは一緒だ。

洗脳の楽園 ―ヤマギシ会という悲劇

洗脳の楽園 新装版―ヤマギシ会という悲劇
洗脳の楽園 新装版―ヤマギシ会という悲劇

カルトの子―心を盗まれた家族という本を以前読んだことがある(「カルト」の正体。を紹介したときにも少し触れた)。その中でも紹介されていて、ずっと読みたいと思っていたのが、「洗脳の楽園 ―ヤマギシ会という悲劇」だ。初版が出て以来、新装版が出たり、文庫化されたりしていたのだが、どれも絶版のようで、なかなか読む機会に恵まれなかった。今回、偶然ブックオフで見つけたので、迷わずに購入した。

本書の初版が1997年発行だから、もう10年以上前の著作になるが、本書では「ヤマギシ会(幸福会ヤマギシ)」が行っていた特講(とっこう)や研鑽会の洗脳的な部分がレポートされている。「当時の」と書いたのは、この本が発売されて10年ほど経っており、状況が代わっているかもしれないからだ。Wikipediaの記述でも次のように書かれている(太字は私が付加した)。
ヤマギシズムでは財産共有が鉄則であるため、金額は決まっていないものの全ての私有財産の供出が要求される。そのため過去にたびたび財産返還を巡り訴訟が起こされたが、現在は最高裁の判決を受け、財産返還のためのルールが作成されたようである。また、国税庁や地方自治体の調査により、「税金申告漏れ」「建築基準法違反」「消防法違反」などが行われていたことが明らかになっており、ヤマギシ会は従来の路線を修正して社会との折り合いを模索している状態である。最近は近隣の小学校の環境学習や農業体験の場になったり、近隣の高校の野球部の練習の場を提供したりと公の活動にも使用されているようである。
実名を出しているブログで、かつ自分の体験や経験に基づかずに、特定の宗教や宗教的な性格を持つ集団を批評するとろくなことが無いので(「ビデオを見に来い」と強引に誘われたこともあったし)、ヤマギシについて書かれている本書の内容が事実かどうか別として、そのような団体があったと仮説しての感想という前提で読んで欲しい。

まず経験的に言えるのだが、全員が前向きに明るく親切な集団というのはろくなもんじゃない。某ネットワークビジネス/MLMの会合に参加したことがある(もちろん知人からの勧誘)のだが、事前に内容は知らされず、参加してみた会では成功体験が次から次に語られ、まるで一人でも多くの人に参加してもらうことが人類救済かであるように、熱心に、だが満面の笑みを絶やさずに勧誘を受けた。正直、吐き気がした。間に入ってくれた知人の顔をつぶすことができないので、最後まで会場にはいたが、あの時勧誘してくれていた人の目はあきらかに普通じゃなかった。本書で語られるヤマギシの特講でも、参加者が放たれた瞬間(解離状況になった瞬間)も同じなようだ。目が変わるという。精神医学的な分析は本書で詳しくされているので、そちらに譲るが、いくら好奇心旺盛な私でもレポートを読むだけで十分だ。現場にいたいとは思わない。

人格改造セミナー自己啓発セミナーでも同じような手法が使われていることは、潜入ルポである「洗脳体験」を読むと良くわかる。このようなセミナーや会合に行きたいとは1ビットたりとも思わないのだが、そこで使われるテクニックには大変興味がある。誤解を受けることを覚悟で言うと、このような洗脳テクニックは組織運営や会社経営などで有効だろう。有効という言い方はよくないかもしれない。だが、企業であってもNPOであっても組織というのは宗教的な色彩を持つ。カリスマ経営者や創業者の中には宗教の教祖でもおかしくないような人がいる。このような人たちや企業/組織と関わることは避けられない。そのときのために、人事掌握とか組織運営という名のもとに行われている使われている可能性のあるテクニックは知っておきたい。

個人的には「カルト」の正体。でも書いたように、カルトの定義である「反社会的」かどうかというのも、マジョリティである「社会」という巨大な団体が決めたに過ぎないので、立派な大人が自分で判断して決めたなら、どのような組織に属そうがご自由にどうぞと思う。犯罪組織に入ろうとしたら周りは当然とめようと思うだろうから、そこでの軋轢はあるだろうが、そこはもはや家族の問題だ。問題は本人に正常な判断ができなくなっていることと子供が犠牲になることだろう。繰り返しになるが、カルトの子―心を盗まれた家族や本書に書かれている子供の状況はとても正視できない。ヨーロッパなどではカルトの定義がきちんと行われており対策マニュアルもあるという。それに比べると、日本の遅れが目立つ。それは島田裕巳氏が「日本の10大新宗教」で書いているように、日本が明治以降「無宗教」であると変に誤解してしまった(詳しくは以前の投稿を参照)ことと無縁ではないだろう(なお、島田氏は以前ヤマギシに参画していた)。

なお、本書は取材過程における問題点がヤマギシを考える全国ネットワークによって指摘されている。


2008年3月9日日曜日

徳島-祖谷と“うだつ”の町並み

徳島に出張で行った。人生で初めての四国。

仕事が終わった後、徳島市内からは少し離れていたのだが、祖谷(いや)に行った。祖谷は一度行ってみたいと思っていたところ。私が源義経ファンであることは以前に本ブログへの投稿である「大原」や「鞍馬山」、「もしも義経にケータイがあったなら」にも書いているが、義経のみならず、負けた側の平家にも当然興味はある。

屋島の戦いなどで敗れた平家の落人が逃げ延びたといういわゆる落人伝説は四国や中国などの西日本に多く残されているが、ここ徳島の祖谷の平家落人伝説も有名だ。Wikipediaにも説明されているように、平国盛(平教経の初名)が安徳天皇を連れて、祖谷へ逃げたというものだ。前から名前は知っていたが、めったに四国など来ることはないのだから、この機会を逃す手はないということで行ってきた。




まず行ったのが、平家屋敷。ここは安徳天皇に使えた御典医だった堀川内記の家屋が子孫によって資料館として公開されている。



「当家の祖先である堀川内記は安徳帝の御典医として治承・養和・寿永のころ宮中に仕えたが、平家の都落ちのとき、安徳帝を供奉して屋島に逃げのびた。平家滅 亡の後、残党と共に祖谷に入山した内記は、祖谷の山野に薬草が豊富なことに驚き、深山を散策して秘薬を採取し、当地で医を開業し諸民に医療を施こすととも に、神宮も兼ねて医療も行っていたが、蜂須賀入国のときは反旗を翻がえし戦い負傷者の治療に当った。祖谷軍が敗れ堀川家も罰せられたが、後に赦されて当地 西岡名主となり、姓を西岡の地名をとり西岡内記と名し当家の初代となった。」(平家屋敷資料館の看板より)


資料館の中には、江戸から明治~昭和にいたる歴史的な展示物が置かれていて、それぞれとても興味深いが、それよりも囲炉裏や家屋そのものに日本人としての郷愁を覚えた。縁側からは山並みが見れ、快晴の空の下、しばしぼんやりとしていた。

次に向かったのが、大歩危のさらに奥にある東祖谷山村。途中で空腹を覚えたので、祖谷美人というところで食事。道路からは良くわからなかったのだが、ここは食事だけでなく、宿泊もできる宿で、楽天トラベルで中国・四国地方でのレジャー部門アワードをとっていたり、じゃらんでも人気だったりするらしい。



テラスがあったので、外で食事をとったが素晴らしい眺め。蕎麦や魚も非常に美味しい(食事などの写真は私のVOXのブログへ)。




祖谷美人から車で少し行くと、日本三大秘境のひとつと言われる東祖谷山村の中心部(?)に入ってくる。ますます山や川が神秘的になる。ちなみに、三大秘境の残りの2つは岐阜県白川郷と宮崎県椎葉村だそうだ。








まずは「かずら橋」に到着する。Wikipediaによると、「サルナシ(しらくちかずら)などの葛類を使って架けられた原始的な吊り橋」だそうで、要するに足元がおっかない祖谷川の上にかけられた原始的な吊り橋だ。公徳島県三好市のサイトによると、「シラクチカズラ(重さ約5トン)で作られたもので、長さ45m・幅2m・水面上14m。」だそうだ。私は高いところは大好きなので、特にどこをつかむこともなくスイスイと渡っていったが、同僚2名のうち1名は脱落(途中で引き返した)、もう1名は最初勇ましかったのはどこへ行ったのか、横の柵(なんていうんだろう。横にある手でつかめるところ)をしっかりと掴みながら慎重に慎重に渡っていた。しばらく渡る人を見ていたが、普通にスタスタ渡る人はあまりいなかった。「XXXは高いところが好き」というが私はどこかおかしいんだろうか。

次は琵琶の滝を見る。かずら橋を渡ったところから歩いて数分の近さ。水の冷たさが印象的。




その後、しばらく祖谷川のせせらぎを聞いて過ごす。






祖谷川は水が非常にきれいで近くで見ると、透き通っていて、川底までくっきり。遠くから見ると、神秘的な藍色に見える。こんなきれいな川は初めて見た。また、石も大きいのから小さいのまでいろいろあり、どれも美しい。なんと自然の力は偉大なんだろう。

東祖谷山村から空港に向かう帰りに寄ったのが、「うだつの町並み」。古い町並みを保存している一画で、まるで映画のセットに入ったかのよう。東京の小金井公園にも江戸東京たてもの園というのがあるが、この「うだつ」は実際にまだ人が住んでいる建物も多くあるのが違いだ。








あと、オデオン座という劇場がある。山田洋次監督の「虹をつかむ男」の中でも使われているらしい。もう美馬市のサイトによると、閉館になっているらしいのだけれど、内部は見学できるようだ(私はしなかった)。また、今でも出し物はやっているみたいにみえた。



ちなみに、「うだつのあがらない」の語源にもなっている、この「うだつ」であるが、もともとは建築用語らしい(Wikipediaにも書かれている)。

このように、半日くらいかけて祖谷の辺りを中心に徳島を見てみたのだが、途中寄ったうだつの町並みにある喫茶店のガイドを見てみたら、まだまだ徳島には行ってみたいところがたくさんあることがわかった。特に、義経ファンの私としては、屋島の戦いの関連史跡がある小松市のほうに行かないわけにはいかないだろう。いつか行ってみたいと思う。それよりも、これだけ魅力的な観光資源があるわりに、徳島はなんとなくマイナーなイメージもある。もう少し宣伝方法を考えれば、観光客ももっと多くなるのではないだろうか。正直、阿波踊り以外は今回来るまであまり知らなかった。もっとも、観光客が多くなると、あのきれいな祖谷川の水がそのままでいられるか不安でもあるので、ちょっと矛盾した気持ちではあるのだが。

徳島-祖谷 と うだつ