2008年5月20日火曜日

Keith Jarrett Solo 2008 @BUNKAMURA Orchard Hole

この間の土曜日にKeith Jarrett(キースジャレット)のソロコンサートに行った。彼のコンサートは彼が来日するたびにほぼ毎回行っている。今回の会場は渋谷のBUNKAMURAオーチャードホール。このホールは初体験。

2階席のほぼ真ん中の席で、音も悪くない。私は指使いまで見るほどピアニストの技巧に詳しくないが、それでも彼のしぐさまで良く見えるのはうれしい。

いつものようにコンサートは途中の休憩(インターミッション)をはさんでの2部構成。1部は不協和音や心を掻き毟るような激しいリズムでのプレイが中心。一緒に行っていた友人にも話したのだが、マインドクラックという言葉が頭に浮かんだ。村上春樹氏の小説か何かにあったように、自分の心を一度切り刻まれ、そこから再構成されていくようだ。

その意味では休憩を挟んだ2部が心に透き通るようなメローな楽曲だったのも絶妙な構成だ。いつも彼のコンサートを聞くたびに、どこまでが本当に彼の心にわきあがる音をそのまま吐き出していて、どこからが緻密な設計に基づくものなのかがわからないのだが、この構成には正直やられた。2部の最初の楽曲を聴きながら、自分の葬式にはこの曲をかけてもらいたいと思ったほどだ。人生が走馬灯のように思い起こされるというのは使い古された言い回しだが、本当にそのような感覚に襲われたのだ。

その後の楽曲は順番をきちんと覚えていないのだが、1部と同じようなマインドクラック系、メローなもの、ブルージーなものなどバラエティに富んだものとなっている。これもいつもの彼のコンサートとほぼ同じだろう。

彼はアンコールをいつも多目にやってくれるのだが、今回も5回もアンコールに応えてくれた。ただ、今回は観客の中にマナーが悪い人が少し多いように見えたのが残念だ。何回目かのアンコールでのプレイを終えた彼が舞台の袖に下がるときに、会場側から見て左側の観客を指差し、何か言おうとしていたので、何かあったのかと心配していたが、その後にアンコールに応えて舞台に戻ってきてくれたときの彼の説明で、誰かが写真を撮っていたことがわかった。

数年前の彼の池袋の東京芸術劇場大ホールでのソロコンサートのときには、入場時に一枚のペラ紙が配られた。そこには前日のコンサートでマナーの悪い(おそらく演奏途中で話していたか何か)人がいて、そのために演奏が中断され、しばらく彼が舞台に戻ってこなかったことが書かれていた。今日はそのようなことにならないように注意して欲しいと。その日の観客の緊張度は並でなく(途中で演奏が中断されてしまってはたまらないため)、返って彼のほうが気を使っているように見えるほどだった。

そのようなことが以前あったことを私は知っているので、写真まで撮られていたのにも関らず、何度もアンコールに応えてくれたのは大変ありがたかった。機嫌が良かったのか、それともほかの観客の熱意にうたれたのか。もしかしてら、さすがに年齢から丸くなってきているのかもしれない。私は逆に、彼のコンサートに行くたびに、これが最後かも(私が最後かもしれないし、彼が最後かもしれない)と思うほど、毎回が真剣勝負なので、少しでもマナーが悪い人がいると許せない。微妙な音を1つも聞き逃したくないような、メローな楽曲がアンコールでは多かったのだが、咳払いしている人がかなり気になった。生理現象なので仕方ないのだが、ちょっと多すぎなかったか。咳き込む可能性があるならば、喉スプレーぐらい持ってくるとか、マスクをするとか、万全の準備をしてきて欲しい。あと、私の2列くらい前の左斜め席に座っていた女性(2階席の前から3列目くらいで、舞台に向かって、やや左側)が演奏中にビニール袋から何かを取り出しているのも許せなかった。何を考えているのか。

というような怒りはともかくとして、全体としては大変すばらしいコンサートだった。

アンコールの話に戻るが、最初か数曲目のメローな楽曲では、何故か男女の愛の営みを思い起こされたし、ブルージー/ジャージーな楽曲は昔の彼のアルバム "Somewhere Before"を思い出した。バラエティに富む楽曲を堪能でき、大変満足の一日。

話がランダムになってしまって申し訳ないが、1部/2部の全体の流れについて一緒に行った友人とも話した(アンコールについてはおそらく小品になるように意識して演奏していると思うのでここでは除外する)。この日は日本もしくは世界の状況を彼は思い描いていたのではないかと思う。アーティストがどのようなことを思い描きプレイしているかというのは推測したらきりがなく、それよりも受け手である我々がどのようにそれを感じ取ったかが大事だとは思うのだが、混沌とした現在の状況とその中での愛おしい人々の生。友人も私も彼からはそのようなメッセージを受け取った。

次回の来日時のコンサートもまた行こう。いつかわからないが。

Somewhere Before
Somewhere Before