このブログはコメントにHaloscanというものを使っていたのだけれど、昨年にサービスを停止してしまって、引き継がれたサービス提供企業がいろいろな意味でいけていなかったので、コメントをBloggerオリジナルのものに戻しました。
Trackbackが使えなくなったけれど、もうあまりTrackbackの重要性は感じ無くなっているので問題ないでしょう。
それよりも、今までのコメントが私の不注意により消えてしまった。ごめんなさい。
2011年1月1日土曜日
2010年12月13日月曜日
読んだ本
読んだもののブログに書いていないものをまとめて書いておこう。
- 厚労省と新型インフルエンザ
当時、厚生労働相医系技官だった著者による一種の告発本。内容としては共感できる部分も多いが、告発の仕方としてこのような方法はあまり好きになれない。 - 金融恐慌とユダヤ・キリスト教
島田裕巳氏の本は盲目的に気に入る傾向が強いのだけれど、この本も面白かった。経済危機を西洋社会では終末論と関連付けて語ることが多いという論説。たしかに、キリスト教をはじめとする宗教を想定させるような発言やマスコミの報道が多かった。面白い視点。 - ヤフー・トピックスの作り方
昔、ニュース系の製品を担当していたこともあって、Yahoo! Topicsは良く見ていた。当時から、いわゆる「編集」をしっかりやっていると思っていたが、想像以上に編集をやっていることがわかる。見出しは13文字。これだけを学んだだけでも意味がある。ただ、当事者ではなく第三者が書いたものを読みたかったようにも思う。忘れてしまったのだけれど、確かこの本は献本してもらったもの。感謝。 - 「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト
これも献本いただいたもののはず。感謝。フリービットという会社は前職のときに知り合いになったのだけれど、実直な会社で大変好感を持っている。渋谷にあるオフィスの受付で待っているときも、通りすがる社員が全員、「もう担当者には連絡とれていますでしょうか」など声をかけてくれていたのを思い出す。社長の石田さんが若いのに浮ついたところがまったくないので、その影響かと思っていたが、社内教育がしっかりしていることもわかった。この本はフリービットで実践されていることが書かれている。残念なのは、ちょっと読みにくいこと。なんでだろうと思ったのだが、よくわからず。教科書みたいに固い感じがするためかもしれない。 - 世論の曲解 なぜ自民党は大敗したのか
自民大敗の原因が反小泉路線にあるのではないことを統計を駆使して証明している。極めて明快。マスコミの思い込みによる論説が事実を反映しないこともあることを示す。この本はもう1年前の本なのだが、それ以降特にマスコミの論調に変化がないのも予期されていることであるが、虚しくなる。 - 法人税が分かれば、会社のお金のすべてが分かる
法人税を通じて会計などを解説している。明快。宗教法人の税金についての解説を導入に持ってくるなど、全体的に身近な話題から税金を解説している。難しい話題であることには変りないが、かなりとっつきやすくなっている。この本も献本いただいたのかも。忘れてしまった。 - ネイティブ500人に聞いた! 日本人が知らない、はずむ英会話術
献本いただいたもの。正直、ペラペラとめくった程度でしか見ていない。カジュアルな会話用の文例が多く出ている。CD付き。 - スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン―人々を惹きつける18の法則
この本は今年一番のお勧め。スティーブ・ジョブズのプレゼンに感動しない人はいないだろうが、彼のようなプレゼンをしたいと思うならば、必読。 - 電子書籍の衝撃
おなじみ佐々木俊尚氏の一冊。日本では電子書籍の市場がまさに今盛り上がりつつあるが、この本はiPadの登場前に出された。その時点での最新の情報をデータだけを提示するのではなく、音楽業界での前例を出すなど多角的な視点で語ったもの。純粋に読み物としても楽しめる。今でも示唆に富む内容。献本いただいたもの。 - マスコミは、もはや政治を語れない 徹底検証:「民主党政権」で勃興する「ネット論壇」
同じく佐々木俊尚氏の著作。献本いただいたもの。ブログが一時の勢いを無くしているかもしれないし、Twitterなどで不確かな情報が伝播することも見受けられる。それでもマスコミに対する不信感は減らないし、むしろネット論壇と呼ばれるものへの期待が高くなる。ただ、そのネット論壇のダイナミックな動きを常に追うことは不可能だ。佐々木氏はTwitterでの議論を追い、自ら行い、ネット論壇を検証する。どれだけ多くのブログを読み、文献にあたったのだろう。 - 本当に使えるウェブサイトのすごい仕組み
便利なウェブサイトの紹介。知らないサイトがあったりしてそれなりに楽しめたが、ちょっと総花的な印象が否めない。佐々木俊尚氏の著作。献本いただいたもの。
2010年11月23日火曜日
Jazz
「青年は荒野をめざす
」(五木寛之氏作)の世界はこういうものだったのかもしれないと思った。
彼らはプロなのかアマチュアなのかもわからない。こういう場所で金を貰って演奏しているのだから、プロなのかもしれない。

演奏が始まるからと言って、客は静まり返って演奏を聴き入るわけでもない。酒を飲み、食事を楽しみ、友人と会話する。その喧騒に負けないようにトランペットの音が響き渡る。ドラムがビートを刻む。
チャールズ・ミンガスだったか、演奏を聴かずに食事をしていた客を怒ったという話があったが、ここはそういう世界とは無縁だ。Jazzが大衆音楽だったことを再認識させる。良い演奏だと客も注目するし、そうじゃなかったら、ただの雑音として処理される。
その夜の彼らの演奏はオーネット・コールマンやセロニアス・モンクのナンバーなども含めていたが、キューバ音楽をモチーフにしたエキゾチックなものも多かった。だから、「青年は荒野をめざす」を思い出したのかもしれない。日本で聴ける米国のJazz以外のJazzをロシアで、そしてヨーロッパで見つけた主人公のように。

同じアジア人同士なのに、共通言語は英語だけ。そんな中でもコミュニケーションできる。その夜に飲んだ酒はいつもとは違ってカクテル。隣にいる女性がやけに綺麗に見えるのは酔っているせいか。口説きそうになって、あわてて彼女が同僚の配偶者であったことに気づく。なんてね。
短い台北出張で同僚が連れていってくれたJazzバーでのこと。
彼らはプロなのかアマチュアなのかもわからない。こういう場所で金を貰って演奏しているのだから、プロなのかもしれない。
演奏が始まるからと言って、客は静まり返って演奏を聴き入るわけでもない。酒を飲み、食事を楽しみ、友人と会話する。その喧騒に負けないようにトランペットの音が響き渡る。ドラムがビートを刻む。
チャールズ・ミンガスだったか、演奏を聴かずに食事をしていた客を怒ったという話があったが、ここはそういう世界とは無縁だ。Jazzが大衆音楽だったことを再認識させる。良い演奏だと客も注目するし、そうじゃなかったら、ただの雑音として処理される。
その夜の彼らの演奏はオーネット・コールマンやセロニアス・モンクのナンバーなども含めていたが、キューバ音楽をモチーフにしたエキゾチックなものも多かった。だから、「青年は荒野をめざす」を思い出したのかもしれない。日本で聴ける米国のJazz以外のJazzをロシアで、そしてヨーロッパで見つけた主人公のように。
同じアジア人同士なのに、共通言語は英語だけ。そんな中でもコミュニケーションできる。その夜に飲んだ酒はいつもとは違ってカクテル。隣にいる女性がやけに綺麗に見えるのは酔っているせいか。口説きそうになって、あわてて彼女が同僚の配偶者であったことに気づく。なんてね。
短い台北出張で同僚が連れていってくれたJazzバーでのこと。
2010年10月28日木曜日
字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ
この本の筆者ではないが、ある有名な字幕翻訳者の翻訳は英語を少し知る人にはひどく評判が悪い。ある映画監督が翻訳されたものを再度英訳してそのひどさに絶句して翻訳者の変更を依頼したとも言われている。私のアメリカ人の知人も、日本語が少しわかるので、字幕が元の英語のセリフとあまりにも違うので驚いたと言っていた。
私などは漠然と、そうは言ってもいろいろと映画の字幕って特殊な要求が多くありそうだから大変なんだろうくらいに思っていたのだが、この本でそんなレベルではないことがわかった。
たとえば、字幕に要求される文字数制限を知っているだろうか。人は1秒間に4文字しか読めないというデータがあるようで、それにしたがって日本語の字幕の文字数は決定される。本書の中に以下のような例が出てくる。
男「どうしたんだ」
女「あなたが私を落ち込ませているのよ」
男「僕が君に何かしたか」
映画ではそれぞれを役者が1秒ちょっとでしゃべっている。したがって、字幕もすべて5文字に収めなければいけない。筆者は次のように変更した。
男「不機嫌だな」
女「おかげでね」
男「僕のせい?」
どうだろう。見事と言わざるを得ない。
映画字幕翻訳の本ということで英語の話が多く出てくるかと思いきや、中身はほとんど日本語についてだ。字数制限があり、日本語として映画のエッセンスを見ている人に伝えなければいけないという字幕の役割から、勢い日本語について考えることが多くなるのだろう。
漢字を使える場合と使えない場合。使えない場合にルビを振るか、それとも混ぜ書き(「だ捕」、「誘かい」、「ばん回」、「危ぐ」、「そ上」などのことだ)にするか。混ぜ書きは常用漢字などによる悪影響という。実際、新聞やテレビなどでもこのような混ぜ書きを見るのだが、筆者が言う「ひらがなに置き換えることで漢字それ自体が持つ意味を完全に消し去ってしまうことではないだろうか」という指摘はもっともだ。イデオグラフィック(表意文字)である漢字をもっと大事にしたほうが良い。
ほかにも、句読点というのは明治以降に導入されたものであるとか、日本語には「?」も「!」も無かったという指摘だとか、出来るだけ文字数を少なくしたいという一環した思いとともにユーモラスを込めて語られるが、日本語を考える上で重要な指摘ばかりだ。
エッセイ風な感じで読みやすい。お勧め。
2010年10月27日水曜日
駅伝がマラソンをダメにした
結構若い頃から正月に箱根駅伝を見ていたように思っていた。ところが、この本によると、日本テレビによる完全中継放送が始まったのは1987年だという。その前はテレビ東京が放映権を持っていたが完全中継ではなく、さらには日本テレビも完全生中継を開始したのは1989年だ。それほどに箱根山中での生中継は技術的に難しかったようだ。
話がずれた。父の影響で早稲田贔屓だった私は野球もそして駅伝も早稲田を応援していた。1987年というとすでに私も早大生だったのだが、良く思い返してみると大学時代に駅伝をテレビの前で熱く応援した記憶はない。そうすると、やはりこの本が言うように90年代以降の箱根駅伝ブームから私もテレビの前で応援するようになったのかもしれない。ちなみに、早稲田は箱根駅伝の伝統校であるが、テレビ放送が始まってからの成績はさほど良くはない。90年代の黄金期の記憶が強いようだ。
本書のタイトルとなっている駅伝がマラソンをダメにするというのは、以前別のところからも聞いたことがある。ダイエーにいた中山選手が高校で指導にあたっていた時だったと思うが、駅伝という集団スポーツは本来の個人スポーツである長距離陸上競技とは相容れないというような発言をしたことがあったと思う。確か同じ頃に早稲田の渡辺選手が期待されながらも故障し、オリンピック選考に漏れたことがあったと思うが、これも駅伝の影響を指摘されていたのではないかと思う。
本書はタイトルで駅伝を批判しているのだが、実際には筆者の駅伝への熱い思いも中で書かれている。駅伝、特に箱根駅伝の弊害は、距離が長すぎるために中距離や短距離の選手が出場する機会がなく、大学特に関東の大学の長距離偏重主義を招いてしまうことやそれこそ箱根駅伝がゴールになってしまい、マラソンへの挑戦を考えない選手が増えてしまうことなどがあげられている。高校生も箱根駅伝を目指すがあまり、中距離には見向きもせずに、長距離に鞍替えする。大学も箱根駅伝による大学宣伝効果を考えるあまりほかの陸上競技よりも長距離しかも箱根駅伝を優遇する。結果、インカレの地位は落ち、関西圏の大学の地盤沈下は進み、日本の男子マラソンの国際競争力は落ちる。女子駅伝の人気がさほど高くないのと、日本の女子マラソンが国際的に競争力が高いのは偶然ではない。もっとも、女子の駅伝では距離にしても時期にしてもうまく考えられているようである。
本書の中では、箱根駅伝の常連校、新興校などの特色も紹介されるなどして、箱根駅伝ファンにも楽しめる内容となっている。筆者の箱根駅伝への愛情も感じられる。ここでの提言が活かされることを願う。
2010年10月26日火曜日
僕はガンと共に生きるために医者になった ― 肺癌医師のホームページ
2001年に肺癌を発症し、その闘病の模様をホームページに記した医師がいた。本書はそのホームページを書籍化したものだ。
本書の中にその書籍化の話も出てくる。書籍化されたものを本人が目にすることが出来たかどうかは本書からはわからない(ただ、二宮清純氏によるあとがきからは間に合わなかったと思われるように読み取れる)。だが、ホームページを通じて闘病の様子を医師として冷静に書き記すこと、そしてこの書籍化が彼にとっての最後の生きがいであったことは間違いない。
2001年というとまだブログが一般的で無かったころだ。今では当時のホームページを見ることが出来ないが、おそらくHTMLを手で書くか、簡単なHTMLエディタを使って書いていたのだろう。掲示板も設置されていたようだ。徐々に自由の効かなくなる体で大変だったと思う。
少し前にある病気のことを知る必要があり、ウェブで検索してみたことがある。あまり情報がなく、こういう時はブログだと思って検索してみたら、多くが途中で更新が止まっていた。その時の恐怖というか行き場のない怖さや悲しさは言葉では言い表せない。死の恐怖というのは医師でもあると思うのだが、家族との貴重な時間を大事にしつつ、自分の闘病や日本の医療システムについて最後まで発信し続けたそのような強い心を私も持つことがいつかは出来るのだろうか。
手術不可能な肺癌、それは死を意味する、であったことがわかった後、筆者は遺影用の写真を撮影している。ふと、自分が急に死んだら、遺影には何を使われるのだろうと考えてしまった。
2010年10月24日日曜日
走る本
昨年から走っているのだけれど、今年になって少し本格的(って言ってもまだフルマラソンも走ったこと無いんだけど)に走り始めている。
最初は「走ることについて語るときに僕の語ること」を読んだあたりから走ることに興味が芽生えて、そして「3時間台で完走するマラソン まずはウォーキングから」で実践をし始めた。
ランニング雑誌なども買うようになったり、自分でも驚くほどの熱中ぶりだ。今年に入って読んだランニング関係の本は以下の通り。
どれも似たような内容だったりするのだけれど、だからこそそこで繰り返し述べられていることは有効なことなのだろう。あとは実践あるのみ(何度この言葉を使ったことか)。
最初は「走ることについて語るときに僕の語ること」を読んだあたりから走ることに興味が芽生えて、そして「3時間台で完走するマラソン まずはウォーキングから」で実践をし始めた。
ランニング雑誌なども買うようになったり、自分でも驚くほどの熱中ぶりだ。今年に入って読んだランニング関係の本は以下の通り。
- ゼロからのフルマラソン (祥伝社新書132) [新書] 坂本 雄次 (著)
- 日テレの24時間テレビでのマラソンのトレーナーの坂本氏の本。彼はもともと陸上競技をやっていたわけではなく、30歳になってダイエットのために始めてから、東京電力の陸上部の監督になったそうだ。素人向けにフルマラソンまでの道を解説。知っていることが多いけど、励まされる。
- 1時間走れればフルマラソンは完走できる (GAKKEN SPORTS BOOKS) [単行本] 鍋倉 賢治 (著)
- 筑波大学で一般の学生向けにフルマラソン完走のための授業を行っている著者によるフルマラソン完走のためのガイド。多くの他の本と重なるところも多いけれど、大学での授業に基づくデータが参考になる。
- 知識ゼロからのジョギング&マラソン入門 [単行本] 小出 義雄 (著)
- 高橋尚子さんの指導者として知られていた小出義雄監督の著。これも他の類書と重なるところも多いが、モチベーションを高めるためには良いだろう。トレーニングコースのバリエーションを持つと良いなどというアドバイスは参考になった。ちなみに、「トレーニングはなるべくコンスタントに続けることが基本だ。理想をいえば週に6日は走りたい。また、走力を向上させていくには、少なくとも3~4日は走ったほうがいい。」とこの本では言っている。
- マラソンは毎日走っても完走できない―「ゆっくり」「速く」「長く」で目指す42.195キロ (角川SSC新書)
- 同じく小出監督の著。この本ではタイトルにあるように、ただのんべんだらりと毎日走っているよりも、しっかりとメリハリをつけて走ることの重要性を説明している。完走できないランナーの多くは、呼吸が苦しくなってではなく、脚が動かなくなって途中諦める(考えてみたら当たり前。タイムを気にしないのだから、十分休みながらいけば、呼吸が苦しくなって諦めることはない)。脚力をつけるためには、「追い込む」ことが大事である。ビルドアップ、インターバル、坂道を加えた走り。このようなものを週に2度、3度入れ、距離を走るLSDやジョギングを組み合わせ、そのように工夫して走ることで夢描くような形で完走出来る。この本は説得力ある。数多くある類書の中でもお勧め。
- 40才からのフルマラソン完走 ~中高年のマラソン入門
- なんと技術書で有名な技術評論社からのマラソン本。こちらは40歳以上の初心者ランナーに向けた本。書かれている内容は基本的なことが多く、ほかの本で書かれている内容とほぼ同じ。ただ、こちらは無理なく、数年かけてでもゆっくりと完走を目指すことをゴールとしているので、とにかく「無理なく」と「モチベーション維持」をテーマにしている。40歳以上からでも大丈夫ということをとにかく刷り込む (^^;;; 本。悪くないけど、私には物足りない(読む前からわかっていたので、悪口ではない)。
どれも似たような内容だったりするのだけれど、だからこそそこで繰り返し述べられていることは有効なことなのだろう。あとは実践あるのみ(何度この言葉を使ったことか)。
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