2010年10月27日水曜日

駅伝がマラソンをダメにした



結構若い頃から正月に箱根駅伝を見ていたように思っていた。ところが、この本によると、日本テレビによる完全中継放送が始まったのは1987年だという。その前はテレビ東京が放映権を持っていたが完全中継ではなく、さらには日本テレビも完全中継を開始したのは1989年だ。それほどに箱根山中での生中継は技術的に難しかったようだ。

話がずれた。父の影響で早稲田贔屓だった私は野球もそして駅伝も早稲田を応援していた。1987年というとすでに私も早大生だったのだが、良く思い返してみると大学時代に駅伝をテレビの前で熱く応援した記憶はない。そうすると、やはりこの本が言うように90年代以降の箱根駅伝ブームから私もテレビの前で応援するようになったのかもしれない。ちなみに、早稲田は箱根駅伝の伝統校であるが、テレビ放送が始まってからの成績はさほど良くはない。90年代の黄金期の記憶が強いようだ。

本書のタイトルとなっている駅伝がマラソンをダメにするというのは、以前別のところからも聞いたことがある。ダイエーにいた中山選手が高校で指導にあたっていた時だったと思うが、駅伝という集団スポーツは本来の個人スポーツである長距離陸上競技とは相容れないというような発言をしたことがあったと思う。確か同じ頃に早稲田の渡辺選手が期待されながらも故障し、オリンピック選考に漏れたことがあったと思うが、これも駅伝の影響を指摘されていたのではないかと思う。

本書はタイトルで駅伝を批判しているのだが、実際には筆者の駅伝への熱い思いも中で書かれている。駅伝、特に箱根駅伝の弊害は、距離が長すぎるために中距離や短距離の選手が出場する機会がなく、大学特に関東の大学の長距離偏重主義を招いてしまうことやそれこそ箱根駅伝がゴールになってしまい、マラソンへの挑戦を考えない選手が増えてしまうことなどがあげられている。高校生も箱根駅伝を目指すがあまり、中距離には見向きもせずに、長距離に鞍替えする。大学も箱根駅伝による大学宣伝効果を考えるあまりほかの陸上競技よりも長距離しかも箱根駅伝を優遇する。結果、インカレの地位は落ち、関西圏の大学の地盤沈下は進み、日本の男子マラソンの国際競争力は落ちる。女子駅伝の人気がさほど高くないのと、日本の女子マラソンが国際的に競争力が高いのは偶然ではない。もっとも、女子の駅伝では距離にしても時期にしてもうまく考えられているようである。


本書の中では、箱根駅伝の常連校、新興校などの特色も紹介されるなどして、箱根駅伝ファンにも楽しめる内容となっている。筆者の箱根駅伝への愛情も感じられる。ここでの提言が活かされることを願う。