携帯電話に代表されるように、技術自身は極めて高度な進化を遂げたものの、世界市場で見た場合に、まるで地方都市の方言のように、閉じた空間でしか通用しないものを「ガラパゴス進化」と呼ぶ。私も最初のうち(1年半くらい前)はほかに使う人もいなかったし、「なるほど」と感心されたので、良くこのメタファーを使っていた。しかし、今や多くの人が使っていて、手垢がついた感は否めない。そのため、最近ではほとんど使っていない。いや、使わないようにしていると言ったほうが適切か。もし私が使っているところを見たり、聞いたりしたら、よほど手詰まりか、酔っ払っていると思って欲しい。弁解すると、日本人以外に説明するときには、日本の市場の特殊性を説明するのに楽(要は手詰まっている)なので、まだ使うことはある。
だが、もっと適切なコピーがあった。それが「パラダイス鎖国」だ。
パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)
海部 美知
世界規模の金融不安の今、韓国の例を出すのは適切ではないかもしれないが、いまや世界のトップメーカーとなった韓国のサムソンとLG。両社の強さの秘密はいくらでもあるが、日本の電機メーカーと違い、国内需要だけでは食っていけないので、必然的に世界に出なければならなかったこともその理由の1つだろう。以前、PC用のOSを作っていたときに、ずっと疑問だったのが、世界でPCから撤退するメーカーが多い中、日本では何故こんなにも多くの(当時は大手だけで7社あった)メーカーがPCを生産し続けるのだろうかということだ。しかも、世界で通用するブランドはせいぜい東芝とソニーだけだ。いくらGDPが世界2位とは言え、7社も食っていけるだけの内需があるのか。コモディティ化し、薄利多売になったPC、あのIBMでさえ撤退したPCに何故そんなにまでもしがみつき続けるのかがまったくわからなかった。今だから表立って言えることだが…
幸か不幸か米国に本社のある会社にずっと勤めていたために、漠然と感じていた日本市場や企業、さらには日本そのものへの違和感をこの本は明快に解説してくれている。新書のため、簡潔にまとまっているが、最初から最後まである種の報告書(レポート)のように論理的に、データの裏づけを示しながら、話は展開する。
まず、以前の日本はグローバル市場での2つ勝利の公式を確実に実践していた。
- 公式1)数の多いほうが勝ち-すなわちシェアを抑えたものが有利ということ
- 公式2)グローバルブランドの確立と維持-一度ブランディングに成功し、それを維持し続けられれば、価格競争に陥らずに済む
ただ、国際競争力が落ちたとは言っても、日本は安全で暮らしやすい、さらには世界2位のGDP国家であることは変わらない。このような日本の状況を筆者は次のようにまとめる。
- 世界2位の経済規模を持ち、その地位は現在でも安泰である。
- アメリカと同様に、国内市場がきわめて大きい。
- アメリカでの存在感は最近低下している。
- 日々の生活で実感できる「豊かさ」指標では、欧米の大国をしのぐ水準にある。
- 国民全員が享受できる基本的なもの以外では、整備や変化が進まない。
- 経済は90年代以降の停滞から完全に脱していない。
- 財政赤字、累積債務、政府部門の効率の悪さが際立った問題である。
通常、国家が豊かさを追求するための戦略としては次のようなものがあると筆者は言う。
- 新興国の追いつけ追い越せ戦略(=徹底したコスト戦略によるシェア確保)
- 豊かな小国の一転豪華主義(=人口の少ない国が1つの産業に集中する戦略。金融に集中したアイスランドの今の状況から、はからずも、この戦略のリスクも見えてしまったが)
- おおらかな資源大国
- 日本型の果てしなき生産性向上
- 大国仲間、大きいがゆえの悩み(=本書では戦略パターンとして並べられているが、実際には戦略というよりも、「大国」という分類を紹介しているだけにすぎない)
- シリコンバレー型試行錯誤方式(=「なすがまま」に強い産業が復興するのを産業界自身にゆだねる。もちろんそのための土壌作りなどは行う)
筆者は後者を進めるために、シリコンバレーのもつ、「厳しいぬるま湯」環境(気軽にトライでき、成功した場合のおこぼれを狙うサポーターもすぐに集まり、失敗してもそれを厳しく責められることのないような環境)を日本にも導入することを勧める。日本では共同体の同意が得られない分野ではイノベーションを起こせない現実があるが、ネットを利用した意見のクラスター化によりそれも変えられるのではないかと言う。
本書の後半は以上のような日本への提言を踏まえた上での個人への提案がなされている。
私の中でもやもやとしていたものが、見事にまとめられている。
池田信夫氏も帯で書いているが、これは安易に土建型の国家プロジェクトでイノベーションが起こせるといまだに信じているお役人にまず読んでもらうのが良いだろう。
ちなみに、著者の海部さんとは前回の訪米時にお会いすることができた。今また米国出張中なのだが、多分今回もお会いできそう。いろいろお話させていただきたく。
パラダイス鎖国 忘れられた大国・日本 (アスキー新書 54)
海部 美知
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<追記>
新生まめたろう日記の海部美知「パラダイス鎖国」111 にも書かれているが、
これはまったくこのとおりで、圧倒的なブランド力とそれを理解するあるボリュームのユーザーが必要だ。高価格でも高い品質で高機能という日本の強みがユーザーのニーズにマッチしなくなってきていて、さらにはそれを支えるブランド力も落ちてきてしまっている。単なる製造だけではなく、サービスとの連携が必要になってきていることが多く、そのサービスの部分においては、従来までの勝利の公式が通用しなくなってきているのだろう。
常に最高級のものを買い続けるマニア的な層ってのも重要だから、最高技術にこだわるのも正しいのでは?と思ってたけど、問題はそれはニッチだということ。ニッチだっていう自覚のもとに、それなりの資源投入で小規模に作るのなら正しいけど、巨大メーカーが競争して膨大な資金をつぎこんで最高のものを作り続けるっていうのは、シェンムーと同じで(ごめん、古すぎて)結局はユーザー無視なのではないかと思う。
渋谷陽一ではないが、「良いものが売れるのではなく、売れるものが良いものだ」(出典不明)。