2012年4月30日月曜日

震災と情報――あのとき何が伝わったか


 昨年の3月11日以降、何が起きていたのか。 日本を離れていなかった人ならば、実体験として、それを知っているはずだ。だが、改めて時間軸に沿って眺めてみると、いろいろと課題が見えてくるものである。送られてくる情報が錯綜する中でいったい何が起きていたのか。後から公開された情報をすべて見ている人ばかりではない。一度公開された情報が数度となく取り消され、変更される。よほど注意深く追っていた人でないと、誰がどのような経緯で公表し、それが変更されたのかはわからない。

時間を経過した今だからこそ俯瞰できる。

「震災と情報――あのとき何が伝わったか (岩波新書)」は情報工学の専門家である徳田先生(東工大教授)がまさにそれを行ったものだ。

徳田先生は「デジタル社会はなぜ生きにくいか」という著書もあり、デジタル社会の課題についても警鐘を鳴らされていた。だが、この震災に関しては、ITの力を次のように評価する。
2011年6月に国連では、インターネットのアクセスは基本的人権の1つであるという考えが生まれている。2011年初頭にいくつかの国で政府による一方的なインターネットの遮断が行われたからである。この考えを2011年の日本に適用してみよう。災害時のインターネットのアクセスは基本的人権である。そしてさらに放射線の測定データとその判断基準へのアクセスは基本的生存権である。
本書の中でも触れられているが、SPEEDIによる放射線拡散シミュレーションデータは公開できたにも関わらず、公開されなかった。浪江町で測定されていた放射線量は測定場所を明らかにしない形でしか公表されていなかった。筆者の言葉を借りて言うならば、基本的生存権に反する行為が行われていたことになる。

実際、SPEEDI相当のデータは海外の研究機関からは提供されていた。オーストリア気象地球力学中央研究所(ZAMG)やノルウェー気象研究所(NILU)、ドイツ気象庁(DWD)フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)などだ。

国内と国外の情報格差は、原発事故の予測一般についても言うことができる。国内のメディアは公式発表を繰り返すだけであり、最悪のケースについては口をつぐんでいた。思考停止状態に陥っていたと言われても仕方あるまい。一方で、ウォール・ストリート・ジャーナルやニューヨーク・タイムズ、CNNなどは政府からの情報だけではなく、各種情報にあたり、最悪のシナリオも含めた報道をした。原発事故直後に欧米政府が行った自国民に対する避難勧告などを当時は不快に感じた人や大げさに感じた人も多かったかもしれないが、当時の状況が明らかになった今からみると、極めて正しい姿勢だったと思える。
本書の中でも以下のように書かれている。
日本のテレビ放送と国外放送の違いは明らかであった。日本のテレビ放送は、大きな原子力事故ではないこと、そしてただちに健康に影響はないことを強調した。これに対して国外の放送は、厳しい状況になる可能性があることを説明し、日本から国外に脱出する人々や東日本から西日本に批難する人々の様子を伝えていた。そしてもし福島第一原子力発電所で「最終的事態」が起こった場合、放射性物質が、日本の首都圏には約10時間前後で到達し、アメリカ西海岸へは1週間前後で到達することを説明し、しばしば現在の福島第一原子力発電所周辺の風向きを伝えていた(もし、日本のメディアが首都圏までの放射線物質の到達時間に言及していたとしたら、不謹慎な発言として非難されたと思われる)。
果たして、今現在、この時のことを踏まえて、日本の報道は変わっているのだろうか。人々は(本書の言う)「情報空白」をどこまで埋めようとしているだろうか。たとえば、福島第一原子力発電所四号機のリスクをどこまで把握しているだろうか。

本書で、筆者は自らの考えを強く言うでもなく、極めて冷静に、時系列に沿って、事実を積み重ねる。だが、その淡淡とした手法の中に筆者の意思が見え隠れする。そして、それは「あとがき」の最後の一節で明らかにされる。

情報工学の専門家として、通信やソーシャルメディアに対する考察などはもちろんのこと、情報を取り扱うメディアの姿勢に対しても極めて理的に考察、いや批判する、この筆者の姿勢に共感を覚える。

読み物としては、やや文章が読みにくいが、3月11日以降に起こったことを確認するには、コンパクトながら充実した内容である。お勧め。

2012年4月22日日曜日

ランニングのすゝめ

TwitterとかFacebook、Google+を見ている人はすでに知っているように、すっかりランニングの虜になっている。

Runkeeperというモバイルのアプリで記録を録っているのだが、それを見ると、2009年の5月頃から走っていたようだ。だが、2009年は月に1度とか2度しか走らないという時期もあり、本格的に走り始めたのは2010年の春ごろだ。

それから2年経ち、今では、人を捕まえては、ランニングしませんかと誘うほどになった。

ランニングの何が良いのか。

まず、気持ち良い。走るのが苦手という人がいるが、それは速度をあげた走りのことだろう。自分が無理なく走れる速度まで落として走れば良い。人間は汗をかいて快感を感じるように出来ている。しばらく続けたら、きっと走った後に気持ち良いと感じることだろう。

それに関係するが、走ることにより、ストレス解消となる。どんな人でも何かイライラすることがあるだろう。仕事関係だったり、家族や知人とのいざこざだったり。走ることにより、それらすべてが魔法のように解決するとは言わないが、走ってしばらくすると、少なくとも走っている間は忘れることができる。

体に良いというのは当たり前の効用としてあげられるだろう。私は痩せているにも関わらず、高コレステロールと言われていた。薬まで処方されるくらいだったのだが、走り始めてから、すっかり正常値に落ち着いた。もともとダイエットは必要ない体質だが、それでも余分な贅肉はとれたように思う。肌荒れなども無くなった。今では、どうも調子が悪いなと思うときは、だいたいしばらく走れていない時だ。

また、走ることを習慣化するために、時間を有効活用するようになった。金曜日夜の深酒は少なくなった。平日普通に働いている人にとって、週末というのは距離を走るのに貴重な時間だ。以前は金曜日に呑み過ぎ、土曜日を二日酔いで苦しむことが少なからずあったが、走るようになってから、激減した。平日も2回か3回は朝か夜のどちらかに走るようにしているので、同じく深酒は避けるようになったし、仕事なども効率良く進めるようになった。

始めるために、あまりコストが掛からないのも良い。実際には、凝り始めるといろいろと買うものが増えるが、ゴルフなどに比べれば、微々たるものだ。また、いつでもどこでも走れるというのも素敵だ。出張にもランニング道具一式を持っていくようになってしばらくたつが、サンフランシスコ市街、シンガポール、上海、台北などなど、いろいろな都市を走った。実は走るスピードが知らない街を探索するのには一番向いている。車では速過ぎるし、歩くのでは遅すぎていろいろと見れない。ゆっくりと走ることで、街のいろんな姿が見えてくる。

人を理系と文系に分けるのは嫌いなのだけれど、ここではあえて使わせてもらうと、ランニングというのは理系な人に向いていると思う。

ランニングは自分との競争である。前回よりも長く、前回よりも遠い距離を。このように、自分と戦う。大会などに出るとき、4時間を切れるようにと、時間をゴールに置くことも多いだろうが、これも結局自分との戦いだ。自分という肉体とそのときの状況(レースだったら、レースコンディションなど)を見極め、作戦を立てる。

理系の学問は、仮説を立て、それを実行し、その結果を検証するというループを回すことで真理に近づいていく。ランニングも同じだ。

次のレースに向けて、自分の課題は何かを洗い出し、それに向けての対策を練る。

もし完走を目指すならば、完走するだけの距離を走るための筋力をつければよく、そのための練習を行う。ある時間内でのゴールインを目指すならば、そのための課題を考える。

レースまでの間の週末などに、課題に対して行った練習の成果を、ある程度の長距離を走ることで検証できる。その結果を踏まえて、また練習方法を変えれば良い。

自分の肉体がパラメータとなる。そうなると必然的に摂取するものにも工夫を凝らすようになる。レース近くになると、カーボローディングと言って、炭水化物を大量に摂取することが知られているが、レース直前だけでなく、普段からどのようなものが必要かを考えるようになる。体型の変化や普段の練習の結果などで、その成果も検証できる。

レースコースを事前に確認し、高低差や途中の給水所の場所や出されるものを確認しておく。今シーズン最後のレースが先週末にあったのだが、私は5kmごとのペース配分と給水所で補給すべきものをすべてメモし、それを確認しながらレースに臨んだ。もちろん、予定通りに行かなかった場合には、適宜、それを修正しながら、与えられた状況下で最善の結果となるように努力した。

自分の体、自然環境、レースコンディションなど、複数のパラメータに対しての係数を変化させ、その結果を検証する。まさに、理系的な作業だ。実に楽しい。

すでに、ランニングはブームになっていて、レースのエントリーなどはいつも大変だし、人気の練習コース(皇居など)は混んでいて、これ以上、ランナーが増えるのは本当は困るのだけれど、良いことずくしなので、少しでもそれをおすそ分けしたくて、このブログを書いた。参考になれば。

参考ブログ記事:





2012年3月4日日曜日

荒木大輔が教えてくれた

1992年9月24日、彼は戻ってきた。

優勝争いの最中のヤクルトスワローズのピッチャーとして神宮のマウンドに立つのは、荒木大輔(現東京ヤクルトスワローズコーチ)。3度に渡る肘の手術と椎間板ヘルニアを克服して、4年ぶりの復帰。前日に1軍昇格したばかりだった。

対するは広島。5回に荒木がブルペンで投球練習を開始したときから球場は異様な雰囲気となっていた。広島スタンドからも荒木に声援が送られる。

7回表広島の攻撃。2アウト1塁、バッターは4番江藤。1点を追う立場のヤクルトは追加点阻止のため、ついに荒木をマウンドにあげる。

後に監督の野村は言う。「ヤクルトの監督を勤めて3年目。荒木のことを知らない。あえて試合の一番大事なところで使おうと考えていた」。

注目の1球目は真ん中ストレート。もともと球速があるほうではないが、その初球も時速135km。この打ち頃の球にバッターの江藤は手が出ず、見送った。

「初球は何にするかと(捕手の)古田に聞かれたので、思わず真っ直ぐと言ってしまった」と荒木。バッターボックスの江藤はそのとき、打ち気満々で真っ直ぐを待っていたが、荒木の迫力に負け、手が出なかった。

野村監督は初球に注目していたと言う。ストライクを取りに行くのだろうか。相手の江藤は積極的で絶好調。一つ間違えればホームラン。だが、敢えて何も言わずに古田と荒木に任せた。初球が見送りのストライクになり、「こいつは凄い。並のピッチャーじゃない。あぁ、これで大丈夫だと思った」と野村は言う。

フルカウントまで行った対戦は、荒木が無事に江藤を討ち取った。

この年、ヤクルトはペナントレースを制する。


時代を共有するというのはこういうことを言うのだと思う。

1つの時代を確かにこの人たちと一緒に生きたと思える。そのような気持ちを抱かせてくれる機会に恵まれたなら、なんて素敵だろう。

その意味で、私は素敵な機会を得られた幸せな人間だ。その機会を与えてくれたのは荒木大輔さん。

早稲田実業で1年からエースとして活躍した荒木大輔さんは私の1つ上の先輩だ。彼が鮮烈なデビューを果たした年、私はまだ中学3年生だった。当時の早稲田実業は甲子園の常連校で、私が中学に入学する前も、また入ってからも何回か甲子園に出場を果たしていた。中学1年の時には川又さんが中日に入団することになり、学校の前に中日新聞の旗をつけた車がつけたのを野次馬のように見に行ったのを覚えている。なので、荒木さんが急遽故障したエースの芳賀さんの代役として東東京大会を征し、甲子園に行ったときにも、正直そんなに感慨は無かった。

だが、荒木さんおよび当時の早稲田実業の野球部のメンバーの活躍は単に「勝つ」というレベルではなかった。荒木さんが1年のときの夏は準優勝。そして、その後も5年連続甲子園出場を果たす。当時は甲子園出場が当たり前のような感覚になっていたが、荒木さん卒業後に、いかにそれが大変だったことを知る。

荒木さんは卒業後にヤクルトスワローズに入団したが、私はその前からヤクルトファンだった。それもあり、高校卒業後もずっと荒木さんを応援していた。

当初は人気先行で客寄せパンダなどという失礼なことを言われていたが、それを物ともせずにしっかりと実力をつけ、入団3年目の1985年にはローテーションの一角を占め、翌年(1986年)には開幕投手を務める。

そんな荒木さんの活躍を私は父の闘病に付き添いながら見ていた。

当時、バブル真っ只中で大学生活を謳歌していた私だったが、父が病に臥せってから勉強を始めた。闘病しながらも会社に通う父を見て、何かしようと思い、自分の専門でも使っていたコンピューターの技術をしっかりと身につけるために、情報処理技術者試験を受けることとした。これが私が今の道に進むきっかけとなった。

父を車で送り迎えしながら、ラジオから聞こえてくるのは荒木さんの活躍。

球速が無いにも関わらず、丁寧にシュートと胸元の真っ直ぐで積極的に攻める。荒木さんがマウンドで、あの端正なルックスにも関わらず、気力を表に出すピッチングをされるのを見て、勇気をもらった。私も頑張らなければ。

1992年、社会人となり5年目の私はそれなりに仕事はこなしながらも、このままで良いのか、自分の道はどこにあるのかを考えた。転職も考えた。

そんなとき、荒木さんが復活した。テレビやラジオなどを通じて知る荒木さんの活躍に背中を押された。4年間も復活だけを信じて、地道な努力を続けた荒木さんの100分の1だけでも努力すれば出来ないことなど無いに違いない。自分も頑張らなければ。

上司にも恵まれ、まだ20代でもあるにも関わらず、重要なプロジェクトのリーダーとして米国に長期出張をすることになった。自分の専門領域ではないし、始めての長期の米国滞在なので、不安だらけだったが、どうにか成し遂げた。

その後もいつも荒木さんには力をもらった。

2006年、再び、早稲田実業野球部から私は力をもらう。あの夏は忘れられない。

予選だったか、甲子園での試合だったか忘れたが、私はシリコンバレーから母校の試合の途中経過を伝えるリアルタイム掲示板を見ていた。現在の勤務先であるGoogleのインタビューを受けるために滞在していたマウンテンビューのホテルで、掲示板のページを何度も更新しながら、母校を応援していた。

前職で仕事に不満はなかったが、新たなことに挑戦したくなり、転職を決意した。米国オフィスで英語でのインタビューを受けることになり、ホテルで準備をしていた。海の向こうでは荒木さんの後輩たちが頑張っている。自分も頑張らなければ。

母校は勝ち続けた。帰国してからも、母校の国分寺のホールでのパブリックビューイングで応援した。再試合となった決勝戦は2度とも母校のホールにいた。変なところで運命を信じる私は、母校が優勝したら、自分もインタビューに通ると考えていた。結果、母校は優勝し、私は今の会社で勤務している。

時代を共有するというのは人によって感覚が違うのかもしれないが、それでも私は荒木さんから、そして早稲田実業野球部からは力をもらった。


「インコースを思いっきりつきましょう」と捕手の古田は言った。いつも攻めることを忘れずに。丁寧に。

今でも記憶に残っている1シーンがある。巨人戦だったと思うが、バッターの球がライナーで荒木さんの足にあたりフライとなった。サードが取ったのだと思うのだが、塁審はそれがノーバウンドなのかバウンドしたのか一瞬判断がつかなかった。それを見た荒木さんが大声で「アウトや!」と言って、マウンドをすたすたと降りて行った。気力、気合、闘志。そういうことすべてを見せてもらった。

荒木さん、ありがとう。

2011年11月16日水曜日

天才と狂人の間―島田清次郎の生涯

ヤングジャンプに「栄光なき天才たち」という連載があった。何度か続編や新編として続けられているようだが、私が読んでいたのは80年代後半、私が大学生のころだ。 

そこで島田清次郎を知った。 栄光なき天才たち 10 (ヤングジャンプコミックス) 

私は見ていないが、本木雅弘主演でNHKのドラマもあったようだ。
涙たたえて微笑せよ明治の息子・島田清次郎

不遇な少年期に、自分は他者とは違う。選ばれし者だというと思うようになる。後に統合失調症を発症するが、すでにこのころから精神的に常人ではなくなっていたように見える。 

明治から昭和への激動の時代を背景に、純粋な小説というよりも世間をアジテートするような論調だったこともあり、大ヒットとなる「地上」を産み出すにいたる。

文学としての評価はあまり高くない。それもあり、現代ではほぼ忘れられた存在になっているようだ。

青空文庫で読めるので、私も少し読んでみたが、途中で止めてしまった。

青空文庫:地上 地に潜むもの (島田清次郎)

小説家/作家というよりも、恐らく精神的な主導者という存在に本人もなりたかったのだと思う。女性スキャンダルにより世間から抹殺され精神に異常をきたし、そして亡くなる。

本人は無念だったろうが、時代の寵児というのはこのような存在のことを言うのかと考える。

アジテート出来る存在。本当は今はこんな人がもっといても良いように思うのだが。

天才と狂人の間―島田清次郎の生涯 (河出文庫) は彼の生涯を綴ったもの。直木賞を受賞。

金哲彦のマラソンレース必勝法42

金哲彦さんと言えば、ランニングのコーチとして多くの著作を出されている。私も何冊か読んだことがあるが、どれも秀逸だ。こういった実用本を多く出す人にあるように、オーバーラップする部分もあるが、それでもいつも参考になる。ついつい新しい本が出ると手にとってしまい出版社の術中に嵌っている。



このマラソンレース必勝法はフルマラソンに参加する人に向けたガイドだ。レース10日前からレース当日、そしてレース後までのTipsを42個紹介している。

正直、どれもがどこかですでに話されていることである。著者の金さんの別の著作からか、もしくは他著者の書籍や雑誌、ネット記事かもしれない。

だが、レース前にどうしてもじたばたしてしまいがちなランナー、特に初心者ランナーにとってはこのように時期に応じてやるべき事がまとめられているのはありがたい。それぞれのTipsがせいぜい4から5ページでまとまっているのも読みやすくて良い。

初級者、中級者、上級者と、Tipsがどのようなレベルのランナー向けかが示されているし、またレース当日については通過距離ごとに細かく書かれている。

少なくとも、本書を読んでおけば、大失敗することはないだろう。欲張らなければ完走は約束されていると言っても良い。

本書を通じて、特に後半で書かれているマラソンの意義。それは「自分を客観的に見つめ直す」ことであり、それを通じて「人生を豊かにする」ことである。
マラソンにおける失敗は、他人のせいではなく、すべてが自分に責任がある。そして、失敗の原因は誰よりも自分が良く知っている。その事実をあらためて認識し、理解し、受け入れ、そして改善しようと努力するスパイラルが、自分の人生を必ず高めることにつながるのである。
まさに私がランニングに嵌っている理由もこれである。著者の金さんは近年癌を克服した。それについては「走る意味―命を救うランニング」に書かれている。こちらもお勧め。そのような経験をされた金さんだからこそ、この言葉は重い。

以前書いたブログポストもあわせてどうぞ。

2011年11月14日月曜日

ホイト親子の夢と勇気の実話 やればできるさ Yes,You Can.



タイトルがどうにかならんかと思うが、知らない人に知ってもらうにはこのタイトルでも仕方ないかと思う。「Yes, You Can」というのは後述するが、ふさわしいかも。

YouTubeなどでも有名になっているようだが、生まれつき障害を持った息子に普通の生活をさせよう、一般の教育を受けさせようとする夫婦。ここまでは良くある話ではあるが、彼らは決して諦めない。ある日、車椅子でしか移動が出来ない息子が言う。「お父さん、僕は走りたい」マラソンレースを見た息子は父に言う。その日から車椅子に乗る息子を押して走る父が生まれた。初めは完走がやっと、そのうちに一般ランナーに負けないスピードで。さらにはトライアスロンにも挑戦。



こういうお涙頂戴的なものには射で構えてしまうのだけれど、それでも本書で彼らの成し遂げてきたことを追っているうちにどんどん引き込まれる。

家族の愛であったり、人間としての尊厳であったり、絶え間ない挑戦であったり。そのようなものを考えさせられる。

初めにこの話を聞いたとき、やっぱりアメリカは違う。日本だったら障害を持った人間を車椅子で押しながらマラソンやトライアスロンを走るなんて、まず許可は得られない。悔しいけれど、やっぱりアメリカは自由の国だし、ダイバーシティを重んじているなと感じた。

だが、この本を読むと、彼らはなんどもダメと言われていることがわかる。そのたびにさまざまな手段を用い、挑戦し、失敗してもまた挑戦する。

「Yes, You Can」は講演で彼らが聴衆に覚えて帰ってほしいという3つの単語だそうだ。彼らは何度となく「No, You Can't」と言われ続けてきた。健常者と同じ教育を受けることも、そしてマラソンやトライアスロンに正式に選手として参加することも。

ホイト親子の夢と勇気の実話 やればできるさ Yes,You Can.

本書によると、息子を支えてきた夫妻は現在は離婚しているという。見えないところではいろいろと苦労や課題があるのではないかと想像するが、それでも走るという極めて原始的な人間の行動原理を用いて、彼らは何かを伝えてくれていると思う。

以前に書いた「アスリートと生」もあわせて読んで欲しい。

2011年11月13日日曜日

読んだ本

ほかのソーシャルサービスに書くこともあって、ブログに読書の記録を書くことがあまり出来なくなってしまっている。震災の影響ももちろんあるのだけれど、多くはただの私の怠慢。

というわけで、主に自分への記録用に今年(一部は昨年後半)に読んだ本のリストを掲載しておく。
  • 時速1000字で書く技術
    図書館で借りてきた。文書を速く大量に書きたいという欲望は昔からある。少しでも役立てばと思ったのが借りた動機。いわゆる名分を書くということを目的としたものではなく、必要に迫られて書くときの戦略と戦術が解説されている。まず、具体的に定量ベースのゴールをたてる。それが「1時間」で「1000文字」というものだ。それぞれの理由も明確に示される。スピードアップには 1) それに関わる行為そのものを素早くする方法 と 2) プロセスを効率化する方法 に分類出来るが、ここでは後者に焦点があてられる。結果としてはすでに実践しているようなことがほとんどであったが、それらを思い出すことも出来たし、読みやすい。忘れないようにしないと。
  • 英語学習7つの誤解 (生活人新書)
    これも図書館で借りた本。今年初めに読んだ「外国語学習の科学」と内容は重なる。ただ、本書の第13話にはある「達人たちの英語学習法に学ぶ」がある。これを読んでみると、達人の中には科学的には必ずしも勧められない方法であっても英語を習得出来ている人もおり、結局は努力こそが習得の鍵であるという、何か科学的に正しい効率の良い=楽な方法を探していた私などには残念な結果が示されることになる。
  • 私は真犯人を知っている―未解決事件30 (文春文庫)
    こういう未解決事件解説本というのが結構好きで、書店で見つけると大概購入してしまっている。ゴシップ的に犯罪を解説するという悪趣味な感じが行き過ぎると辟易としてしまうが、風化させないために発生当時と同じもしくはそれよりも情報を精査した形での報道というのは必要であろう。この本では犯罪だけでなく、社会を揺るがしたニュースも取り上げられている。面白かったのが「[影武者]降板 天才勝新と天皇黒澤の知られざる激突」と「桑田と清原 親友同士を引き裂いたKKドラフトの『仕掛け人』」の2つだ。「影武者」の際の勝新と黒澤監督の対立は知っていたが、勝新が現場では黒澤監督を完全に食っていたというのは知らなかった。これが原因の1つとなり勝新が表舞台から消えていくというのが事実ならば、残念でならない。桑田と清原の件は私が早稲田大学に在籍中だったということもあり、強く記憶に残っている。密約はあったんだろうなと思うし、ドラフトなんてそんなもんだと思うので、それに対しての怒りも別にない。ただ、知らなかったのは「桑田の一件でPLの野球部の後輩は早稲田どころか六大学にも入れなくなった」(清原)という事実だ。引退後の桑田はその野球道に打ち込むような姿勢から評価する声が多く、私も一目置いていたが、彼と巨人軍が行ったことの罪深さを改めて感じさせられた。
  • 福島 原発と人びと (岩波新書)
    ずっと原発問題を追っているフォトジャーナリスト広河隆一さんの著作。新書だが、写真をふんだんに取り入れている。タイトルにあるように、福島原発事故の影響を受けている人々の声を取り上げる。放射線の身体への影響については正直どこまで深刻かは私にはわからない。わかっているのは、想像よりも深刻でありそうなこと、たとえ科学的に身体への影響が無かったとしても、人々の精神を攻撃し、神経をすり減らし、人間関係を破壊し、その結果として精神的にも肉体的にもダメージを与えることだ。この中で語られる人々の、特に子供たちの声が痛々しい。
  • 原発のウソ (扶桑社新書)
    311以降、積極的に情報発信を行う小出裕章氏の著作。「不屈の研究者」と帯にあるが、まさにそのとおりであろう。311以降に政府や東電の言っていた「ただちに健康に影響を及ぼすものではない」はもはやブラックジョークとして扱われるようになっているが、パニックを避けるための表現としてはあの時点であのように言わざるを得なかった背景は理解出来る。日経BPのサイトで「正しく怖がる」と放射線のことを解説していたが、まさに必要なのはパニックを起こすでもなく、放射線と生き続けるざるを得ない環境を選択した今(東)日本に残っている住民が生き続けるための知識であり、データであり、知恵である。小出氏はそのための知識を授けてくれる。それにしても、このような怪物マシンをなんでまだそのままで動かそうとするのか。次に何か起こったら国家消滅の危機だということをわかっているんだろうか。
  • 早稲田実業 躍進の秘密 (朝日新書)
    母校愛。大学に対してはあんまり思い入れが無いのだけれど、中高と過ごした早稲田実業(早実)に対する思い入れはすごい。高校野球予選は時間さえあえば観に行く。最近作られたFacebook上の同窓メンバーのグループで同期の連中の状況は気になってチェックするし。鶴巻町から国分寺に移り、商業科がなくなり、小学部が出来、男女共学になり、早大への推薦率があがり、入学の難易度はあがり、もう昔とは違ってしまったと思うところも多いけれど、野球の応援などを見ていると、あー変わらないなと思う。学校のことならだいたい知っていると思っていたのだけれど、歴史などはそうでもなかった。竹久夢二が卒業生だとはまったく知らなかった。なんと。
  • キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる (ちくま新書)
    著者の佐々木俊尚さんから献本いただいたもの。ありがとうございます。
    ソーシャルサービスの台頭によって、キュレーションの重要性が認識されている。これは日々、TwitterやFacebookなどで情報洪水とも言える中、この人の発言は特に気をつけて追っておこうなどと考える人が多いことからも容易に想像出来る。この書籍は震災前に発売されたものであるが、震災関係の情報においてもキュレーションが威力を発揮した。大本営発表たる政府や公的機関などの発表を信頼出来なくなり、かと言ってデマゴークにあふれる発言の1つ1つにパニックになっても仕方ない。
    震災でもその重要性が高く認識されたキュレーションであるが、キュレーターをキュレーションしてくれるキュレーターが必要になるような事態が訪れるのかもしれない。とか思ったり。いつもながら豊富な事例と文化に結びつける読み物としても面白い切り口に感心。
  • 生き残るメディア 死ぬメディア 出版・映像ビジネスのゆくえ (アスキー新書)
    こちらも献本いただいたもの。一年近くも前なのにお礼していなくてすみません。おまけに今読み直したら結構内容を忘れていることに気づいた。もう一度読まなければ。電子書籍や動画配信などについて関係者のインタビューを含めて体系的にまとめたもので、知っていると思っていることでも参考になる部分が多かった。動きが速いので、今となっては古くなった部分もあるが、それでも貴重な一冊かと。
  • 正しく知る放射能 (学研ムック)
    ガイガーカウンターの勉強をしようと思ったときに、そもそも放射能についてもきちんと理解していないと思って購入した一冊。図や写真が豊富で、さすが学研という感じであるが、これを読んだからと言って理解出来るとは限らない。前提となる知識がないと理解が難しい部分がある。また、一度読んでも覚えられない部分もある。むしろ、わからない用語が出たときなどに参考にすると良いのではないかと思う。福島などの地域でも身体への影響は現時点では限定的であるという立場に立つ本なので、それはそのように理解して読むべき。
  • 日本の「未解決事件」100 (別冊宝島) (別冊宝島 1733 ノンフィクション)
    これだけ同種の書籍を読んでいると、ほとんど内容はわかっているのだが、未解決事件マニアとしてはもしかしたら新情報でもと思い、ついついまた買ってしまう。他に読むものが無いときとか、ちょっとした時間つぶしには、何度読んでも良いんだよね。
疲れたので、このくらい。続きは1冊ごとか、またリストにして残りを。