2009年3月22日日曜日

次世代マーケティングプラットフォーム 広告とマスメディアの地位を奪うもの

著者の湯川さんより昨年冬に(!)贈呈いただいた本。レビューをあげるのが激遅になってしまったことをお詫び申し上げるとともに、贈呈感謝いたします。

次世代マーケティングプラットフォーム 広告とマスメディアの地位を奪うもの
湯川 鶴章

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広告の話については、現在の私の雇用主との関係があるので、あまり詳しくはここでは話せない。この種の本のレビューを載せる度に同じようなことを書かなければいけないのが残念だが、この本については、ちょうど私がもう1つのブログで展開している「ネット時代のメディアのあり方」と近いこともあり、広告としてだけでなく、一般的なメディアテクノロジーとして考えてみたい。なぜならば、この本は広告の未来を考えるものであるとともに、タイトルに「プラットフォーム」とあることからも推測できるように、テクノロジーについて語ったものであるからだ。

さて、本書の中で、湯川氏は広告の未来はパーソナライズされた「三河屋」であると言う。
IT革命の本質の一つは、20世紀後半のマス文化の中で失われたきめ細かなサービスを、テクノロジーの力を持って取り戻すことだ
「三河屋」とはサザエさんに出てくる出入りの酒屋のことだ。パーソナライゼーションの本質をわかりやすく示す言葉だと思う。本書では、この「三河屋」に喩えて、メディアや広告の今後のあり方を説明するが、このように身近なメタファでテクノロジーや未来を語るのは、なるほどわかりやすい。特に、本書が対象とするのは私のような業界人ばかりではないだろうから、そのような人に向けての解説としては秀逸だ。

広告が三河屋になるためには、複数のシステムやデータとの連携が必要となる。このためのプラットフォームがタイトルにもある「マーケティングプラットフォーム」だ。本書では、その構成要素として、1) 効果測定、2) CRM、3) 広告配信の3つが必要とされている。1) の効果測定はウェブではアクセス解析であり、Omnitureが紹介されている。また、2) としてはSalesforce.com、3) としてはDoubleClickが紹介されている。これらの複数の異なるプレイヤーのサービスを連携させることで、広告がより効果的な形でユーザーに配信されるようになる。ここで取り上げられているベンダーも自身がプラットフォームのビルディングブロックになることを想定しており、積極的に他社のサービスとの連携を図る。インターネットという上でAPIが自然と標準化されていくかのようだ。

本書ではさらに、デジタルとリアルの融合として、デジタルサイネージとモバイルが紹介される。デジタルサイネージとは、「街頭や店舗、公共の空間などで表示されているポスターや案内表示、看板などを、紙ではなく薄型ディスプレイに置き換えたものである」(本書より)。日本でも街頭で大型薄型ディスプレイを使った広告を見ることがあると思うが、それなどがデジタルサイネージだ。コンビニのPOS端末でCMが流れているのもデジタルサイネージになる。このデジタルサイネージは設置場所や時間帯などを考慮することで、ターゲットに最適された広告媒体となりうる。しかも、今ではその広告を見ている人間の性別や年齢などを自動識別することも可能であり、リアル店舗であればその場で効果測定もできる。ただし、標準化がされていないため、未だに大きな広がりをみせるには至っていない。

モバイルについては、日本が主導できる可能性のある分野だ。今はまだモバイルもキャリア主導の公式サイトモデルが主流だが、広告媒体として、携帯デバイスを利用できるメリットは大きい。位置情報を取得するためのGPSが組み込まれており、さらにはペイメントシステムとしても普及しつつある。

本書では、このように複数の広告媒体の可能性を説明しつつ、一貫して三河屋モデルを実現するための技術を解説する。そこには、広告というものを神聖化して考える従来の広告業界へのアンチテーゼがある。
 新聞業界にとっての中核業務は言うまでもなく紙の新聞の発行である。そして広告業界にとっての中核業務は、クリエイティブな広告の創造ということになるだろう。
 「広告は多くの人に共通する価値観を伝えている」「アテンション(認知)獲得の手段として、今なおテレビCMに勝るものはない」「広告はもっと楽しくなれる」など、テレビCM崩壊が叫ばれる時代にあってもなお、広告の意義を叫ぶ主張は根強くある。そして、それらの主張は概ね正しいのだろうと思う。
 でも、最終的な利益を重視するならば、消費者の感性に訴えるような印象深いメッセージを何度も何度も見せることよりも、顧客のニーズを正確に把握し適切な商品を適切な価格で供給する関係を築くことのほうが、これからはより重要になるのだ。
 クリエイティブな広告はなくならない。しかしその重要性は低下せざるを得ないのだ。
まったくそのとおりだと思う。私ももう1つのブログで紹介しているように、広告も情報の1つだから、情報という商品を顧客に適切なタイミングで適切なフォーマットで届けることが重要だ。ただし、広告には人の潜在意識に訴えかけるものがあるのも事実だ。その場合の広告はよりアートに近くなるのかもしれないと考える。そのようなクリエイティブ重視の広告の配信方法や配信場所についても、本書で述べられているマーケティングプラットフォームが利用できるのではないだろうか。

私がもう1つのブログで展開している論理は、コンテンツ/コンテナ/コンベヤという考え方だ。コンベヤを分離する考えは本書でも言及されている。
 従来型メディア企業には、情報経路こそ自分たちのコアコンピタンス(事業の核)ととらえている人が多いが、そこにこだわるべきではない。テレビ局が雑誌を出してもいいし、出版社が動画ビジネスに乗り出してもいいのである。ターゲット層のイメージを明確に持ち、その層に向けて情報経路の最適な組みわせを選択すればいいのだ。現在のようなメディアの大変革期において「そんなの出版社の仕事じゃない」「そんなの新聞社の仕事じゃない」といった議論ほど不毛なものはない。メディア企業のあり方自体が大きく変わろうとしているのだから。
完全に同意だ。

何度も自説を展開してしまうが、これからのメディアは水平統合時代において、いかに生き残るかを考えるべきであろう。

この他にもパーソナライゼーションを追求するときに常についてまわるプライバシーとのトレードオフ、「顧客の声を聞く」という言葉の魔力とその実効性(つまり、マーケットインとプロダクトアウトの兼ね合い)などについても、大変示唆に富んだ考えが示される。

メディアやウェブに関係する人は是非読むことを勧める。