本書の内容とは関係ないところから入っちゃうが、アマゾンの書誌データが間違っている。著者が石田先生と國領先生になっちゃっている。アマゾンさん、直しておいてください。この2先生は素晴らしいまえがきを寄せてはいるが、執筆者ではない。
クラウド グーグルの次世代戦略で読み解く2015年のIT産業地図
小池 良次
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さて、本書を読了した後、来日していた著者の小池氏と朝食を一緒にとらせていただく機会があった。米国の景気の話などを聞かせていただいた後、本書の話にもなったのだが、思いのほか盛り上がったのが、ゼネラルマジックの話だ。1990年代前半、ネット時代(当時はまだインターネットがどこまで主流になるかはわからなかったが、ネットワークが一般的になるとは誰もが考えていた)のマルチメディア技術を提供する会社としてもてはやされた企業だ。アップルの伝説的な技術者や技術者がほれ込むアーキテクチャ。いわゆるエージェント技術なのだが、すぐに日米の企業が、まだ実装が無い段階にも関わらず、提携をしたことから一躍時代の寵児となった。実は私もこの企業のビジョンにほれ込み、まだ日本法人ができる前から、知り合いのエージェント(このエージェントは人材紹介エージェント)に、もし日本法人が設立されるようだったら、情報を持ってきて欲しいとお願いしていたくらいだった。実際には、日本法人設立が準備されるようになって、このエージェントが私のところに話を持ってきてくれたときには、すでに業界でも将来が危ないというのが噂になっており、私も資料を拝見させていただいただけで特に何もアクションは起こさなかった。そのときの資料は今でもどこかにあるはずだし、また、日経コンピュータだったと思うが、その付録かなんかでNTTの研究所の人が執筆したテレスクリプト(ゼネラルマジックのスクリプト言語)の解説書もとってある。もはや何の価値も無いだろうが、私にとっては宝物だ。本書では、エージェント技術は非力な端末と帯域幅の狭いネットワークだからこそ必要な技術だったと書かれている。確かに、インターネットの普及とともに、会社も技術も消え去ったことを考えるとそのとおりだ(会社自身はその後も業態を変え、2002年まで存続していた)。だが、エージェント技術そのものの価値は今のインターネットの上でも失せてはいない。個人的には、いまだにエージェント技術にはこだわりがある。
話を戻そう。小池氏は本書のことを「ヨタ話」本と笑いながら話していた。失礼ながら、まさにそのとおりだと思う。正直言うと、この本に書かれている事実を書くだけならば、小池氏でなくとも出来る。私でさえ知っている内容が少なくなかったし、いざとなれば知人から話を聞いたり、自分で調べれば、多くはどうにかたどり着くことができるだろう。だが、本書の真価はそこではない。シリコンバレーで暮らし、日々をそこですごしている小池氏だからこそ知るトリビア。たとえば、シーベルシステムズの入っていたビルが今はセールスフォースが入っているとか、本質には関係ないかもしれないが、このような何気ない1つ1つの小さなトリビアが本書の魅力だ。実際に、イノベーションが起きているシリコンバレー。私も3年前に転職してから、出張で良く行くようになった。シリコンバレー万歳などと言うのは恥ずかしいし、悔しいのだが、それでも、ここでイノベーションが起きている理由が良くわかった。企業を超えた人材の交流。体制に対する批判やサブカルチャーがまだ生きている土地柄。私なんかは、せいぜい出張で滞在するくらいなのだが、それでも感じるものがある。そこに住んでいる人が肌感覚で得るものは大きいだろう。そのような現地の息吹を感じたものしか書けないものが本書にはある。時代を語るときに、当事者しか伝えられないものがあるのと同じだ。
本書の内容を調べればわかると上で書いたが、実は調べても簡単には同じ内容にたどり着くことが難しい部分も多くある。自社のことなので、さらっと流させてもらうが、アンドロイドのキーマンであるアンディルビンの紹介部分などは、米国で流行したサイドキックなどをきちんと追っていないと書けない内容だろう。
最後に、また手前味噌で恐縮なのだが、本書でもコンテンツとフォーマットの独立を訴えている。私が、別ブログでコンテンツ/コンテナ(フォーマット)/コンベヤという戦略を訴えているのと同じだ。
日本が米国の失敗を繰り返すことはない。本書で繰り返し述べているように、コンテンツとアプリケーションの融合を促進するのは、オープン戦略であって、囲い込みではない。いま、テレビ端末メーカーに求められているのは、アクトビラのようなプロジェクトではない。また、NHKや民法もオープン戦略をとるべきだろう。ウィジェットなりガジェットなりをひとつで、テレビ端末の種類を問わずにコンテンツを配信できる「オープンなプラットフォーム・フォーマット」こそ模索すべき方向のように思える。また、多様なコンテンツプロバイダーの提供する番組を網羅的に検索できる機能も、そうしたオープンプラットフォームに付け加えるべきだろう。アクトビラは前職の時の同僚(本当は後輩なんだけど、ちっとも先輩として慕ってくれない)が4月から副社長になってしまうし、私自身使ったことがないので、コメントは控えるが、ここで言うようにフォーマットとコンテンツを独立させ、ユーザーの望む形で配信するというのはまったくそのとおりだ。むしろ、それができないコンテンツプロバイダに未来はないだろう。
結構難しい内容が書かれているにも関わらず、それを感じさせないのは、「ヨタ話」本としてうまくまとめている著者小池氏の力量か。横文字が多いので、横書きでも良かったのではないかとか、もっと図を多くしても良かったのではないかなどと思うが、重箱の隅をつつくようなものであり、本書の価値を大きく損なうものではない。過去の流れから将来のIT像を読み解きたい人にはお勧め。