2016年11月18日金曜日

Moving Ahead



Yesterday was one year anniversary as the Increments' employee (Increments is my current company).

Taking a look back on what I did in the past one year, though I can be proud of my achievements, I also must admit I could have done much better jobs.

As the first product manager, I introduced several PM methodologies like PRD (Product Requirements Document) as well as company-wide process including OKR (Objectives and Key Results). Now, we are using PRD for most projects and OKR has become the core of the company operations.

As the company is still small (i.e. only 20 employees in total as of Today), I also have worked with the management to accelerate hiring. Note that we are looking for passionate engineers! I have been also involved in many company management operations like strategy setting and PR.

In parallel with my company jobs, as an external adviser, I have been helping other startups for their product and engineering management.  Though I had took the similar adviser role even before leaving Google, that was just the high level advice based on the guesses or impressions from the outside observer.  However, now I have become the member of the inner-circle "startups", their situation is much like our situation.  What I have learned from them are the things we need to worry about in the future and also the ones I can also share with other startups.  To be honest, this is what I expected.  I'm glad that I can have such valuable experiences which I couldn't  experience before.

Like the adviser role, I have been working with those who are also interested in the product management in Japan to organize the PM community and host the very first product management conference in which more than 300 people joined.  I personally think PMs help Japan.  PM is one of core parts to make business or even country successful, I think.  I'm happy to know that there are so many folks are like me in Japan.

On the other hand, I must admit that I could have done better jobs.  What I produced as a PM in the past one year was too below than what I had expected.

I often recall what my friend said when I asked to give some advice on my resignation.

"Takuya, can you make bigger impact than what you could done in Google?"

Now, I would say "Not yet".  I can hardly say "Yes", honestly speaking.

But, this was only one year.  This is just a beginning.

I am excited about what I can do in next one year and beyond.

Next year around the same time, please ask me "Have you made big impact?"
I promise that I can say "Yes" with confidence.

I'll keep working hard and smart to make our dreams come true.  I am looking forward to see our future.

Cheers,
Takuya Oikawa



2016年8月23日火曜日

【書籍レビュー】アダルトVRで、世界のセックスが変わる!

仮想現実(VR)が盛り上がっているが、正直、ゲームくらいしか用途が思いつかない。本格的なデバイスが高価なことを考えると、すぐの普及は難しいのではないかと思っている。

パソコンもゲームもビデオテープも普及にはアダルトコンテンツが一役買っていたことを考えると、アダルトもゲーム以上にVRのキラーコンテンツになるだろうと考えているのだが、同じことは当然多くの人が考えている。

今年6月に日本初のVRとアダルトの体験イベント「アキバVRフェスタ」が開催されたのだが、あまりの注目で開催後すぐに中止になってしまったらしい。

「アダルトVRフェスタ」、注目されすぎで開催中止、壮絶な混雑で列整理追いつかず…… - AKIBA PC Hotline!

そのイベントの主催者が書いたのが「アダルトVRで、世界のセックスが変わる!」だ。



Kindle Unlimitedに入っていたので読んだのだが、これは凄い。表紙やタイトルがひと目を憚られるのは覚悟していたが、内容もかなり凄い(アダルトという意味で)。通勤電車で読んでいるときでも、周りの人にショルダーハッキング(肩越しに中身を読まれていないか)されていないか気になるほど。ここまで真面目にエロを語るのは初めて見た(私が不勉強?なだけだと思うが)。

書籍の中でも書かれているが、VRコンテンツの制作にはコストがかかる。また、通常のコンテンツと異なるシナリオが必要だ。以前レーザーディスクの登場時にも、ユーザーの選択によりシナリオが変わっていくコンテンツがあったが、結局普及しなかった。VRとともにリアルな体験を得られるデバイス、そしてコンテンツのシナリオの3点が揃って初めて普及に至るだろう。

筆者も言っているように、VRでアダルトコンテンツが楽しめるようになったら、それはもう疑似体験ではなく、新たなリアル体験だ(言葉は慎むが、書籍の中ではもっとダイレクトな表現でそれを語っている)。それを入手したとき、人類は新たな進化を遂げるのかもしれない(かなり大げさ)。

参考: 【インタビュー】ついにベールを脱ぐDMMのVR、男の夢を叶えるコンテンツは現れるのか?

個人的には、ARやMRとの組み合わせも興味ある。

2016年2月26日金曜日

チェリー

千歳烏山駅を降りたところで、蹲(うずくま)っている若い女性を見つけた。声をかけてみるが、歩けそうにない。一緒にいる友人と相談し、取り敢えず病院に連れて行くことにした。

その夜、我々は車で軽井沢に行く予定だった。女性のことは友人に任せ、先に他のメンバーが待ついつもの喫茶店に向かった。

遅いなと思った頃、友人が戻ってきた。女性は妊娠していた。無事出産したそうだ。
もう30年も前のことになる。今なら、ただ助けただけの赤の他人に出産のことなど明かさないだろう。

その時の赤ん坊はもう30歳になるはずだ。久しぶりに千歳烏山のホームに降りたからか、急に当時のことを思い出した。

その夜、我々は予定より遅く出発した。件の友人は激しくショックを受けており、環八かどこかの大きな交差点で赤信号に気づかず、そのままつっこんだ。夜遅かったこともあり、奇跡的に事故にはならなかったが、肝を冷やした我々は強制的にドライバーを交代させた。

確か、この時の軽井沢行きは別荘に放置されていたチェリーを取りに行くためだった。当時の中古価格でも、数万円で買えるくらいボロボロのチェリー。車の中で、「このチェリー、俺たちが今聴いている聖子ちゃんのレコード代合計より安いんだぜ」と何度も笑いあった。
2016年2月24日のFacebook投稿から転載)

2015年12月10日木曜日

SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2015“Journey of a Songwriter”

21歳の2月、僕は日光でアイススケートの合宿に参加していた。くじ運が悪かったため、大学の体育の授業がみんなから嫌われている合宿しか取れなかったためだ。

J.BOY

オリンピック選手も練習するらしい立派なスケートリンクでは、その前年に発売された浜田省吾のアルバム「J.BOY」の曲がヘビロテのようにずっとかかっていた。AMERICA、BIG BOY BLUES、想い出のファイヤー・ストーム。

5日間の合宿中、他にかける音楽は無いのだろうかと思うほど浜田省吾一色だった。もしかしたら、担当者が熱狂的なファンだったのかもしれない。

FATHER’S SON

合宿から帰ってくると、自宅に父はいなかった。

約1年前から闘病中だった父は容体が悪化し、入院していた。この1年何度も父を送った病院に駆けつけてみると、意外にも父は元気そうだった。合宿のことを話したりしていて、少し安心して帰宅した次の日から父の容態は悪化し、その後1週間で帰らぬ人となった。

父は僕がバンド活動をするのをあまり快く思っていなかったので、あまり音楽の話をしたことは無い。だが、病院に向かう車の中で、カーステレオから流れてきた「A NEW STYLE WAR」を聞き、これは誰の曲だとだけ聞いてきたことがあった。


SHOGO HAMADA ON THE ROAD 2015“Journey of a Songwriter”は浜田省吾の3年振りのコンサートツアーだ。オリジナルアルバムを出した後のコンサートとしては10年振りらしい。

今夜のNHKホールのステージの上の彼はひたすらイカしてた。

最新アルバム「Journey of a Songwriter ~ 旅するソングライター」からの曲を中心に、初期の曲も混ぜて(まだツアー中なので、セトリなどは明かさないようにする)。僕が中学生の頃から変わらない。もちろんこの場合は良い意味だ。

昔憧れていたロックスターの今の姿は見るに耐えないことも多い。声が出なくなってしまっているシンガーもたくさんいる。だが、浜田省吾はまったく変わらない。31年前に横浜スタジアムで見て以来の彼がそこにいた。

最近でこそ走りながらイヤホンで音楽を聴くのをやめてしまったが、以前はマラソン大会でスタートのときや途中心砕けそうになったときには、「ON THE ROAD」をかけていた。「この道の彼方、約束されたはずの場所があると信じて行きたい。もう一度孤独に火を着けて」、そう彼が耳元で叫ぶ。

ON THE ROAD

もう一度孤独に火を着けて。

父の亡くなった年齢にまた近づく。



ちょうど個人的にも転機を迎えた今年に彼のライブに参加できたことは幸運だ。
迷っている暇なんか無い。選んだ道進む。
ムービースターじゃない。ロックスターでもない。
明日は今日よりも良い日になることを信じている。
I am a Father.
かつて夢見る少年だったこの俺も今ではFather.

2015年11月30日月曜日

Wallflower

パーティが嫌いだ。
こう言ってもあまり信じてもらえないのだが、人見知り激しく、いつも一人でぽつんとしている。耐えられなくなった時には失礼を承知で途中で帰ってしまう。

Diana KrallのWall Flower

ウォールフラワー~コンプリートセッションズ

これは夜に似合う。好きなアルコールとともに、部屋を暗くして。アルコールはワインかシングルモルトスコッチが似合う。

Alone Again (Naturally) を聴きながら涙し、Desperadoのようにたそがれる。

Alone Again (Naturally) はMichael Bubléとのデュオだが、彼の声も好きだ。つい今しがたまでヘッドホンで聴いていたのだが、二人の艶っぽい声が耳元に直接歌いかけているようだ。

すべて懐かしい、お馴染みの曲なのだが、歌詞を知っている曲ばかりではない。改めて歌詞を確認し、味わった。表題のWallflowerはBob Dylan作。シンプルだがBob Dylanっぽい歌詞。

Bootleg Series 1-3

10ccのオリジナルが素晴らしすぎるI'm not in Love。Diana Krallのカバーもとても良い。そういえば、このアルバムはDavid Fosterがプロデューサーだった。なるほどと思う。艶っぽいのはそのためか。

それにしても、I'm not in Loveの歌詞は本当に酷い。曲の美しさとは裏腹。だからこそヒットしたのか。

このアルバムは今年の春にリリースされていたのだが、購入が遅れた。
しばらく聞き込みそう。

Alone Again

パーティを中座して帰路につく。
また1人になった。
Alone again, naturally.

家に着いたら、Elvis CostelloのI Wanna be Lovedでも聴こう。

2015年11月23日月曜日

2015年のマラソンシーズン開始

マラソンシーズンというのが具体的にいつスタートして、いつ終了するのかは良くわからないが、私の場合は11月初旬のレースから4月の長野マラソンまでの期間なのがここ数年の恒例だ。

今年は湘南国際マラソンが12月開催に変更になったこともあり、11月最初の週にぐんまマラソンにエントリーしていた。しかし、まさかの寝坊でのDNS。もともとぐんまマラソンは走れても調整代わりでゆっくりと走るつもりだったので、もう1つエントリーしていたのが、昨日のつくばマラソン

昨年は湘南国際とつくばの両方にエントリーしていて、湘南国際がぎりぎりサブ4ならず(28秒足りなかった!)。だが、つくばマラソンは前日に長野県北部地震が発生した関係で、ほとんど眠れなかったため、惨敗。あまりに酷い記録(グロスで4:24:19。ネットは記録証を紛失してしまったため不明ですが、おそらく4:20くらい?)のため、走ったことをあまり言わなかったくらい。

一昨年に同じ2つの大会に出て、どちらもサブ4を実現したのが奇跡的だったんだろう。しかも、記録を確認してみると、その間に競馬Runという大井競馬場の馬場を走るレースにも出ている。この年は11月にいったいどれだけ走ったんだという感じ。

さて、前置きが長くなったが、今年のマラソンシーズン。ぐんまマラソンはDNSのため、昨日のつくばマラソンが本格的な最初のレースだったのだが、またしても惨敗。しかも、昨年よりも酷い。結果から先に言うと、ネットで4:43:22というものだった。あー、酷い。



前日イベントで疲労困憊だったというのはあるものの、正直、記録とかを狙おうとは毛頭思ってはいなかった。4時間15分から30分の間でロングランの練習にでもなれば良いと思っていた。

走り始めてからすぐにペースをあまりあげられないことには気づいた。最後歩きづくしになることは、走った後の精神的ダメージが大きいため、避けたい。そこで、最初から極力ペースを抑えた。どんなに速くても1kmを5分40秒超えない程度。

途中から1km6分くらいまで落とすこともあったが、最後の10kmでもしかしたら逆にペースをあげられるかもと思うくらい、比較的安定していた。しかし、25km過ぎから膝や腰が痛くなり、30km過ぎからはついに歩き始めてしまった。最後は早歩きも辛いほどに。途中、後からスタートした4時間半を目指すペースランナーに率いられた集団に抜かされた時には本当に悔しかった。

どうにか5時間は切れるタイムでゴールしたものの、敗北感一杯。

今年は転職したことなどもあって、まったく練習出来ていない。昨年もそんなに練習できなかった割に、後半の東京マラソンと長野マラソンでは両方ともサブ4は実現できたというのもあって、少し舐めていると思う。後半に向けて、もう一度練習計画などを見直し、忙しい中でも時間を確保しなければ。また、各トレーニングにちゃんと目的意識を持ち、何のため(心肺能力強化など)のトレーニングかを明確にしたい。

ところで、これまた惨敗(今回のつくばマラソン以上に)だったので、ほとんど誰にも話していないが、今年は9月のシルバーウィークにマウイマラソンに参加した。初の海外マラソンなのだが、これまた酷い結果だった。強い気持ちを取り戻せたら、ブログ記事にしてみたい。

2015年10月30日金曜日

僕の「天職」は7000人のキャラバンになった マイクロソフトを飛び出した社会起業家の成長物語

先週末、Unreasonable Labs Japanという社会起業家支援プログラムにメンターとして参加した。

その際、どのように企業からの支援を求めるのが良いかを相談してきたチームに対して、一般企業のビジネスと同じようにMeasurableなGoalを設定し、定期的にTrackすることと、支援してくれる企業に対しそれをAccountableに示すことの重要性をお伝えしたのだが、話しながら、一冊の本を思い出し、それも紹介した。

紹介した本はマイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になっただ。ルーム・トゥ・リードという途上国の子どもたちの識字率をあげる活動を立ち上げた元マイクロソフト社員、ジョン・ウッドの話なのだが、その方法がまさに企業で必要とされていたビジネスを成功に導く方法そのものなのだ。

詳しくは以前書いたブログ記事を読んで欲しいが、Result Oriented(結果重視)やData Driven(データに基づく計画)など成長する企業が行っている手法を社会貢献(彼は慈善事業と呼ばれるのを嫌う)に活かしている。

週末のイベントでは本の正確なタイトルを忘れてしまっていたので、Amazonで調べてから後日お知らせしたのだが、その時に続作が出ているのに気づいた。それが、この 僕の「天職」は7000人のキャラバンになった マイクロソフトを飛び出した社会起業家の成長物語だ。早速購入して読んでみた。

前作では、ルーム・トゥ・リードを立ち上げるあたりまでについて書かれているが、本作はその後が書かれている。組織の成長と活動の拡大に伴う苦労やアフリカでの裏切り、自身のCEOからの卒業など、さまざまな展開があるが、書かれているテーマは一環している。社会貢献事業においても必要とされることは、数字を元にした計画と遂行、そして透過性のある説明責任というマイクロソフト(マイクロソフト以外の多くの企業でも同じだろう)で必要だったことと同じことがわかる。場面は変わったが前作と同じように、素早く判断し、時には見直し、前進していく姿が書かれる。

ルーム・トゥ・リードの最初の活動は本がほとんど無い発展途上国の学校の図書館に本を寄付することなのだが、実は前作を読んだときに疑問に思っていたことがあった。それは寄付される本は現地語では無く英語であることが多いのではないかと想像されるのだが、それで果たして現地の子どもたちは読めるのだろうかと。

この心配はあたっていた。ネパールで図書館を利用している子どもたちにアンケートを取ったところ、52%の子どもたちがネパール語の本があればもっと利用すると答えていたのだ。この結果を見て、ジョン達は自分たちに次のように問いかける。
データを収集したら、目の前の厳しい現実を、感情も否定も交えずに見すえること。データと現実を照合して、データが自分に語りかけていることがどんな内容でも認めること。
現地語の本があればもっと利用するという子どもたち。しかし、現地語の本をもっと購入すれば良いという単純な話ではない。予算は余っている。だが、そもそも現地語の子ども向けの本が存在しないのだ。彼らはこれを自分たちで現地語の児童書を出版するということで解決する。

結果を見て、即座に対応を考える。企業で当たり前に行うべきことがここでも行われている。

さらには、当初建てたゴールが果たして本当に正しいのかさえ疑問を呈し、さらにその改良を行う。見た目の成功に満足せずに、自分たちの行うべきことの本質を常に見つめなおしているのだ。

彼らの活動は、短期的には図書館を建て、本を充実させることだ。実際、これをTrackableな指標としてきた。図書館の数、書籍数。これをカウントする。しかし、本当に計測すべきものは、識字率や読書習慣の向上である。
アドバイザリー・ボードのあるベテランメンバーは、建てた学校や図書館の数、出版した本の数で組織を評価するだけでは足りない、と指摘した。読み書きができるようになった子どもは増えたか、生徒が読む本の数は増えているか、読書の習慣が根づいているかなど、達成した数字の先を評価する必要がある。
これは組織のDNAとも言うべきミッションや組織名にも影響する。
「批判的な友人」のひとりが根本的な真実を突く簡潔な一言をくれた。
「『ルーム・ウィズ・ブックス』という名前にしなかったのには、理由があるじゃないか」

この本の中には、「バルマーな人」という表現がたびたび登場する。マイクロソフト在職時の上司であるマイクロソフトの前CEOのスティーブ・バルマー的な人(もちろん尊称だ)のことをこう呼んでいるのだ。マイクロソフトは今V字回復を遂げており、バルマーはともすれば方針転換できなかったCEOとして厳しい評価が下されることも多いのだが、彼も言うように素晴らしい人物だったと私も思う。本題とは関係ないが、もう少し再評価されても良いのではないかと思う。

最後に社会起業やNPO活動を行っている人のために、至言のメッセージを引用して終わりたい。
21世紀のNPOらしい強みは、まさに経営戦略と呼ぶべきビジネスモデルだ。成果を数字で評価すること。間接費を減らして寄付金を最大限に活用すること(投資の費用対効果)。地域社会(顧客と市場)の当事者意識を高め、プロジェクト(商品)の持続可能性を高めること。
手前味噌になるが、前作 マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった のレビューとなる私の以前のブログ記事も良くまとめられていると思うので、是非参照して欲しい。

僕の「天職」は7000人のキャラバンになった マイクロソフトを飛び出した社会起業家の成長物語
ジョン・ウッド 矢羽野 薫

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