新卒で入った日本DECという外資系コンピュータ会社で、私は幸運なことにオーストラリアから助っ人で来ていた大変優秀なエンジニアと一緒に働く機会を得た。彼からはいろいろなことを学んだ。
ある時、私がコマンドで同じような作業を繰り返しているのを見て、彼は「機械にやらせることは機械にやらせろ。こういうのはすぐにスクリプト化できないかを考えないとダメだ」と教えてくれた。
人間を単純作業から解放するのが機械の役割である。
ロボットも同じだ。Wikipediaにも「人の代わりに何等かの作業を行う装置、若しくは『人のような』装置のことである」と書かれているように、「人の代わり」に比較的単純な作業を行うのがロボットである。
だが、経済原則の元では、この機械と人間の役割さえ逆転することがある。
今夜8時から放映されていたNHKスペシャル「緊急報告 製造業派遣は何をもたらしたか」を見た。この中で、自動車部品メーカーの「人を雇用の調整弁」としている現場が紹介された。
このメーカーは4つの生産ラインを持っている。外側の2つが完全自動化されているラインであり、中の2つが半自動化のラインである。完全自動化されているラインは、人がほとんど介在せずに製品は完成する。一方、半自動化のラインでは、派遣労働者が極めて単純な作業を繰り返し、製品が完成する。普通は、残り2つのラインを自動化し、ラインすべてを完全自動化させることを目指すのではないかと考えると思うのだが、このメーカーでは明確な戦略の元、2ラインをあえて半自動化で残す。
残り2ライン用の機械を導入すると、設備の減価償却が必要となる。この費用よりも人件費のほうが安価だ。また、機械を導入し、4ラインすべてを全自動にしても、需要に応じて生産調整をするためには、いくつかのラインを止めることも必要になる。コストをかけて機械を整備するよりも、あえて単純労働であっても、その部分を機械化せずに、派遣労働者でまかなうことで調整を図る。これがこのメーカーの戦略だ。実際、この厳しい経済状況の元、このメーカーでは半自動化のラインを停止することを決めた。派遣労働者を徐々に解雇し、来月には派遣労働者との契約をすべて終わらせるらしい。
機械が人の単純作業を肩代わりすることで、人は人でしか行えない高度な作業に能力を使うことが出来る。これが産業革命以来の機械文明の論理だったはずだ。高価な機械よりも安価な人間。悲しすぎるが、これが今の経済状況下での現状か。
ところで、製造業派遣を決めた際に、国や企業は今の現状を予測できなかったのかという声が番組の中であがっていた。しかし、同じことは国民側にも言えるだろう。状況がわからないので、うかつなことを言うべきではないし、すべてを自己責任という形に帰着させたくも無い。だが、派遣労働者自身も機械で置換えが可能な単純労働をしていて、これが未来永劫続くと考えていたのならば、それこそ危機感が足りなかったと思う。私は昨年秋以降の状況を言っているのではない、その前のまだ需要と供給バランスが取れていたときのことだ。
製造業派遣での問題は、派遣労働者が企業に衣食住すべてを依存してしまっていることにも一因があると思う。企業側に責任を求める言い方にするならば、労働者を雇用の調整弁に使うのならば、いつでも関係を清算できるようなドライな関係を維持するべきだった。給与以外のものまで面倒を見ておいて、雇用を維持出来なくなったときに、簡単に解雇するようなことはすべきではない。人間関係でたとえるならば、割り切った関係のはずだったのに、依存されてきたら、やばいと普通思うだろうし、割り切り続けていたいなら、依存されるような関係になることはできるだけ避けるはずだ。企業も同じ感覚が望まれていたのではないか。ここでの企業は派遣会社+派遣先会社だ。この2つがどちらも責任を回避しているところも問題のように思うが。
派遣労働者側の話に戻ると、給与と寮を与えられて、しかもスキルを身につけられるような仕事とはほど遠い単純作業に従事していながら、まったく危機感を持たなかったならば、それはそれで何か欠けていたのではないかと思う。番組の中でも、「怠惰」という言葉を使って語っていた元派遣労働者がいたが、そういう側面もあるのではないだろうか。それとも、派遣労働者のすべてが、深夜残業や休日出勤、不規則なシフトなどの過酷な労働条件の元で働いていて、自己啓発/自己研鑽する時間がまったく取れなかったのか。
ここには派遣会社側の責任もあるだろう。状況が全然違うかもしれないが、IT業界向けの派遣会社は派遣労働者に対してトレーニングを行っているところも多い。マイクロソフトやオラクルなどの資格取得も奨励している。このようにすることで、派遣労働者がより多くの雇用機会を得て、さらには給与上昇も期待できるのだから当たり前のサービスなのだが、製造業派遣雇用では、派遣会社はそのようなことをしてきていたのか。問題は単純ではないが、すべてのプレイヤーが反省すべきところはあるように思う。