かなり前のことになるが、村上龍さんが「日本人は不幸だった。ビートルズもビーチボーイズもいない。日本人として時代を共有できる流行歌を持っていなかった。だが、それもユーミンとサザンの登場によって変わった」というようなことを述べていた。
ユーミンとサザンが好きかどうかは別にしても、その歌が流れてくれば、その年のことを思い出す。それが流行歌である。
村上龍さんは日本の歌謡曲を(少なくとも当時は)毛嫌いされていたのかもしれないが、流行歌と言われると、私は今はもう遠い昔の歌謡曲を思い出す。
年末になると、テレビでもラジオでも街角でも流れてくる、歌謡曲を。
ちあきなおみに会いたい。【徳間文庫】
原風景という言葉がある。
最も古くの記憶にまつわる風景のことを言うが、私のテレビにまつわる原風景は、札幌冬季オリンピックでの日の丸飛行隊であり、あさま山荘事件だ。
こたつに潜り込み、金銀銅を取ったスキージャンプを見た。オリンピックを見るのも始めてだったし、ジャンプ競技を見るのも始めてだった。だが、母の、そして年の少し離れた姉と一緒に応援した。遅く帰ってきた父に興奮して結果を伝えた。
幼稚園へ行く前も、帰ってきても雪の中の同じ建物の映像が流れていた。そのうち鉄球が建物を壊し始める。あさま山荘事件だった。何か大変なことが起きていることは子どもにもわかった。
この2つが起きた1972年の出来事を調べてみると、ほかにもミュンへオリンピックでのテロが起きていた。右肩上がりの経済成長の裏に極めて不安定な世相があった。
その年の日本レコード大賞を取ったのが、ちあきなおみの喝采だった。
あのイントロと歌い出し、そして独特な手の動き。小学校に入ったばかりだった私さえも惹きつけられた。
その後のちあきなおみについて自分史と重ねあわせられるくらい知っているわけではない。テレビに良く出ていたようには思う。
1992年に配偶者と死別するとともに、ちあきなおみは表舞台から姿を消す。その後、復活の噂がありながらも叶わず、すでに20年が経つ。
本書は ちあきなおみの生い立ちから最近まで、関係者の談話なども含め、まとめた一冊だ。私のような40代以上の人間には同時代を生きたものとして懐かしく読める。
なによりも、歌謡曲が流行歌だった時代を色鮮やかに思い出すことができる。昨年のレコード大賞や歌謡大賞の受賞者が誰だったか忘れてしまうような今とは違う、昭和の時代を。
ちあきなおみを知らない人にも、「喝采」や「黄昏のビギン」(これは水原弘のカバー)、「夜間飛行」、「ルージュ」(中島みゆき作)などは聴いて欲しい。あとは、動画サイトなどで有名になった「夜を急ぐ人」。これは友川かずき作だ。友川かずきを歌う歌謡曲の歌手というのも凄い。動画は、夜に見たら、寝れなくなるかもしれないが、それはそれで凄い。
もう難しいとは思うが、それでも復活を望みたい。