2009年12月29日火曜日

ジーパンをはく中年は幸せになれない

2ヶ月くらい前に書店で平積みにされているのを見て以来、気になっていた本。11月下旬に読了。

私に会ったことのある人は知っていると思うが、私は普段はジーンズ(いわゆるジーパン)しか着ない。10代や20代のころは痩せすぎていたため、ジーパン以外だと足の細さが目立ってしまい、他に選択肢が無かったこともあってジーパンを愛用するように。それが今でも続いている。ちなみに、今はそんなに足は細くない。立派な中年で贅肉があちこちにちゃんとついている。

ロックをやっていた私にとって、ジーパンとTシャツは体制への批判のシンボルであった。社会人になってからしばらくはスーツで勤務しており、それはそれで社会への通過儀礼としては当たり前であったし、環境への順応が早い私としても苦痛ではなかった。だが、カジュアルな服装での勤務が認められてからはもっぱらジーパンで通っている。今でも、スーツなどを着るのは「コスプレ」と自分でも冗談で言うほどで、年に数回しかない。

本当は「僕と私とジーンズとスーツ」というタイトルで別エントリで書こうと思っていたくらいなのだが、一人称の呼称としての「僕」と「私」。そして、「ジーンズ」と「スーツ」というのは私にとって同じように対比されるものである。「私」や「スーツ」は社会通念上一般的とされるクラスタへの従属の象徴である。このブログでも、多くの場合、私は自分のことを「私」としているが、一部のエントリで意識的に「僕」としているものがある。これはあえて、青臭いかもしれないが、社会通念上属すると思われるクラスタとは無縁に、自分の本当の肉声でメッセージを発してみたものだ。

というくらいに、ジーンズに思い入れがあるため、「ジーパンをはく中年は幸せになれない」というようなタイトルは正直、私への挑戦であり、神経を逆なでするものだった。

だが、読んでみると、タイトルが確信犯的に釣りを狙ったものであることがわかる。中年とジーパンの話は冒頭に少し出てくるだけであり、それ以外は人がつい行ってしまう行動を心理学的に分析している。

ジーパンと中年という組み合わせは、人は年齢とともに心も成長(変化)するという話のたとえとして出しているだけであり、この話が延々と続くわけではない。「自分の実年齢に馴染めない」というのは「アイデンティティの更新」が出来ていないことであり、これが続くと老年期への心の準備が出来ないと説く。これはこれで大きなお世話なのだが、ジーパンはあくまでも例として出されているだけである。米国など諸外国のみならず、最近では日本でもブルーカラーを中心に、ジーンズは立派に作業しやすい服として年齢を問わず着られているのは筆者もおそらく知ってのことだと思う。もっとも、私のように「反体制」のシンボルとか未だに言っているのは「アイデンティティの更新」が出来ていないと言われても反論出来ない。

この本で紹介される、ついつい人が行ってしまう行動とその裏にある心理学的な背景。これが実に面白い。読み物として心理学がわかり、またどのような行動で自分が損をしてしまうのかがわかる。言われてみると、なるほどと思うことばかり。たとえば、試験前についつい部屋の片付けなど、関係ないことをしてしまうことがある人も多いと思うが、それも心理学的にはきちんと説明がつく。

ちょっとした読み物としてお勧め。

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