2013年12月18日水曜日

こんな気持ちに揺れてしまうのは、君のせいかもしれない



車を運転中、急に佐野元春の曲を聴きたくなり、リッピングしてiPhoneに入れてあったベスト版CDをかけた。4曲目に流れた「SOMEDAY」。ちょうど夕暮れ時だったこともあり、少しセンチに昔を思い出した。
窓辺にもたれ
夢のひとつひとつを消していくのは辛いけど
なんだかわからなかったことが
リアルに感じてしまうこの頃さ
カラオケで20代のころによく歌った。その頃もこの歌詞を口にするたびに、「時の流れ」を考えた。今から考えると、10年、いや20年早いぜと言いたいが、モラトリアムな青年期を過ごした当時の僕はサラリーマンになってしまったことにまだ馴染めないでいた。

それから20年。夢は叶っただろうか。そもそも夢はなんだったか。日記もつけていないし、ブログは無かった。なので、ほとんど覚えていない。

消えた夢もあるんだろう。たくさん。
手遅れと言われても
口笛で答えていたあの頃
でも、僕の場合、むしろ今のほうが夢が多いのかもしれない。夢なんて大それたものではないが、やりたいことがいっぱいある。新しいことに挑戦しようとし、周りに呆れられる。

昔はやる前から諦めていたようなことも、やればどうにかなるようと達観するようになった。変なプライドも無くなったので、苦手なことは苦手と言って、誰にでも教えを請う。なんで、以前はあんなにプライドが高かったんだろう。

で、SOMEDAY。やはり、名曲。イントロでの街角の音、それに深いエコー。流れてきただけで、手を止め、思ってしまう。いなくなってしまった彼や彼女。今までのこと、これからのこと。

時代を超えた名曲だと思うんだが、20代やもっと下の人とかはどう感じるんだろう。

2013年11月25日月曜日

第33回つくばマラソン

昨日は、つくばマラソンを走ってきた。

例年、この日は富士山マラソン(旧河口湖マラソン)を走っていたのだが、昨年のDNSの印象が悪かったのと、河口湖から西湖に至る急坂があまりにもきつ過ぎたので、今年はランニング仲間にも評判の良いつくばマラソンとした。

このマラソンは湘南国際マラソンと同じく、平坦で走りやすいコースとして知られている。

そのため、いつもは用意しているペース表は作らず、今まで失敗しているネガティブスプリットを今度こそ実現するため、ひたすら抑えた走りをすることを目標とした。

結果は極めて平凡な記録(グロス:4時間2分0秒、ネット:3時間57分13秒)となったが、どうにかネガティブスプリット(らしきもの)を実現することができた。後半は正直、たびたび歩いてしまうことが多かったのだが、今回は久しぶりにまったく足を止めることなくゴールすることができた。

ランナーズアップデートの結果は次のようになっている。
5kmを28分程度で走ることを目安にしていたので、これを見るとなだらかに下がってきてしまっているが、実際には余力はかなりあった。


Runkeeperでのスプリットは以下の通り。これを見ると、35km〜40kmあたりまでにペースが落ちすぎていることがわかる。この区間は、もちろん精神的にかなり辛くなっていたこともあるが、足が止まってしまうことを恐れるがあまり、自分でペースを上げ過ぎないように気をつけていたのだ。

実は、愛用しているPOLAR RS300XのGPS(別オプション)がうまく動作せず、ペースを頻繁に確認することができなかった(Runkeeperで5分毎のペースは確認できた)。




以上のように、今回も反省の多い結果となったが、少なくともネガティブスプリットの兆し(?)は見せられるようになったので、次回はもう少し微調整をし、これを結果に結び付けられるようにしたい。


2013年11月4日月曜日

第8回湘南国際マラソン

昨日は第8回湘南国際マラソンに参加した。初めての参加だが、噂に聞いていた通り、高低差のほとんど無い、フラットな良いコースだった。海がそんなに見えるわけではなく、コースが単調なのが、やや残念であるが、大会運営も素晴らしく、人気の大会であることがよく分かる。

コースがどのくらいフラットかは、湘南国際マラソンのホームページにあるコース図からわかる。



ただ、コースは二度折り返しがあるので、進行方向で見た場合には、上りなのか下りなのか、わかりにくい。そのため、折り返しを含めて、進行方向での高低差がわかるように、自分で一週間くらい前に描き直してみていた。
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これで見ると、 高低差があるように見えるが、せいぜい10mほどの範囲だ。

一応、いつものように、ペース表を作ってはいたが、レース中はほとんど見る必要は無かった。それほどフラット。また、エイドステーションごとの補給プランも作ってはいたが、さすがにもう何度もこのプランで補給しているので、こちらも見ることは無かった。

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実は、今回は先週よりめまいがするなど体調が悪く、しかも木曜日のランニングで腰を痛めてしまったこともあり、4時間前後で完走できれば良いと考えていた。シーズの始まりで、この後にも何個かエントリーしている大会があるので、無理をしないことを優先とした。

結果は、3時間58分47秒(ランナーズアップデートの速報)だった。手元のRunkeeperでは、3時間57分54秒。これだけ見ると、4時間前後というレース前の目標通りになっているので、万々歳のはずであるが、私としては反省点の多い結果だった。

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最終的な記録はともかく、今回こそ、ネガティブスプリットを成功させたかった。そのために、前半をかなり抑えた。周りに引きずられて、結局1kmを5分26秒前後で走ってしまったが、自分としてはかなりエコな走りができていたつもりだった。フォームを気にする余裕もあり、前半は悪くなかったと思う。

しかし、精神的な弱さが出てしまったのか、残り10kmを切ってから、がくんとペースが落ちた。Runkeeperでの1km毎のスプリットを見るとそれがよく分かる。

前半にあまりにも調子が良いので、多少「3時間50分」(これは今シーズン全体での目標だ)を意識し始めていたのが良くなかったのかもしれない。

32km過ぎから、3時間50分(達成するには、1kmを5分27秒以内で走らなければいけない)はさすがに無理かなと思い始めていて、次に目標をサブ4に変えた。この目標ならば、まだまだ余裕があった。それもあって、心が負けてしまったのだ。

ほぼフラットなはずであっても、辛くなってきた身では、緩やかな上りも辛く思えてくる。ペースを大幅ダウンさせてしまい、しまいには歩くことも。歩いたとしても、自分の中である目印を決め、そこまでしか歩かないようにし、走りだしたときも、少なくとも見えているあの目印の場所までは走ろうなどとする。走ったときのペースはそこそこ速かったので、スプリットも1kmを5分台で走れているところが多かった理由だ。あるペースで走れるのだから、筋肉に限界が来ていたわけではない。実際、さすがに、ここからは走らないともうサブ4も危ないかもしれないと思った、ラスト1kmちょっとは全部走っているのだから、これをラスト5kmとか7kmとかでやれば良かっただけだ。

気持よくゴールしたかったのに、最後を走りきれなかったため、本当に悔いが残る。

会場を後にする際もバスが並んでいたので、二宮駅まで歩いた。2km以上あったのだが、特に問題なく歩けた。こんなに余力があるのならば、なんでレースで使いきらなかったのだろうと反省しながら。

【追記 2013/11/04 17:34】
特別協賛のNew Balanceは特設サイトを設けており、そこにある完全攻略シミュレーターが役に立った。ランナー目線でレースをシミュレーションできるようになっている。

次回に向けて、練習とそして作戦をまた練り直さなければ。

2013年5月18日土曜日

Keith Jarrett Trio 30th Anniversary

Keith Jarrettを初めて聴いたのは高校生のころだ。

もともと雑食だったこともあり、ロックやニューミュージック(当時はこう呼ばれていたJ-POPの一種)だけでは飽きたらず、クラッシックやジャズも聴き始めた。当初難解に感じたジャズもすぐに慣れ、自分の好みも出てきた。その中でも気に入ったのがKeith Jarrettだった。

Keith Jarrettというと、ケルン・コンサートが有名であるが、実は最初に聴いたのはMy Songだった。友人から借りたこのレコードの音色にすっかり虜になってしまい、それから彼の過去のレコードもすべて聴いた。

そのKeith JarrettがJack Dejohnette (Dr)、Gary Peacock (B) のトリオ構成で活動し始めたのが今から30年前の1983年だ。

Standards 1
Standards 1

まだそんなにはジャズを聴きこんでいなかった私でも聴いたことがあるスタンダードに彼らの手によって新たな息吹を与えられる。友人宅で夜に酒を呑みながら聴いた。いっちょまえに音楽談義みたいなことをしながら。

それから30年。公演の説明にははっきりとは書かれていないが、日本でのラスト公演になるのではないかと言われていた。

いつものような3人がステージにはいる。いつもと変わらない彼ら。
気負わず、楽しみながら、だが1つ1つが真剣勝負な様子が伝わってくる。

私が行った5/15(水)は日本公演の最終日だったので、事前にその前の公演の様子などを検索して調べてみていた。彼らのことだから、セットリストも違うだろうと信じながら。どうやらアンコールは3回も行うらしい。こういうのは調べて知っていたほうが良いのか、それともサプライズとして残しておいたほうが良いのかはよくわからない。

だが、実際にはサプライズだった。今回は4回目のアンコールもあった。

実際にはアンコールに入ってからは、これが3人の音を聴く最後かもしれないと思い始めると、一音一音が愛おしく、曲が終わりになるに連れ、なにか熱いものがこみ上げてくる。

4回目のアンコールのAnswer me, my love。これはダメ。泣いて下さいと言わんばかりの曲。最後の一音まで聴かせてもらった。


ありがとう。Keith、Gary、Jack。

Keithが68歳、Garyが78歳、Jackが70歳。私も3人のように背筋をしっかりと延ばして生きていきたい。

それにしても、お礼の挨拶をするときに前に手をぶらーんと下げるのはいつからなんだろう。日本以外でもそうしているのだろうか。いつか私も真似してみたい。

2013年5月6日月曜日

藝人春秋

藝人春秋
藝人春秋

この本は水道橋博士の友人の友人から頂いた。

以前より浅草キッドや水道橋博士はとても気になっていた。TBSで放送されていた「アサ秘ジャーナル」での政治家とのトークも面白く、読んではいないものの伝え聞く「博士の異常な健康」の内容も興味を惹かれるものだった。

この本では博士の人に対する愛情を読み取ることができる。「藝人春秋」という書籍名からわかるように、付き合いのある芸人とのエピソードを通じ、それこそ「春秋」(歴史)が表される。芸人の歴史を語るというよりも、博士との関わりを通じ、その芸人の魅力を語る。成功秘話などが書かれているわけでもないので、その種の話を期待するとがっかりするかもしれない。ここまで人に魅力を感じ、語れる人というのは素朴にすごいなと思ってしまう。

過去のテレビ番組でも、豊富な知識とさらにその知識を広げようという貪欲さに感服することが多かったが、ここでは博士の持つ人への愛を元にした文章にひたすら浸かるのが良いのだろう。文章は好き嫌いがわかれるかもしれないが、私は好きだ。

この本を読んで、何か(知識など)を得られるということはないかもしれないが、人を好きになることはできるだろう。見えているところだけがすべてでない。人付き合いに疲れてしまったときなどにはお勧めだ。元気になりましたという書評があることも頷ける。

本の中では、芸人でない堀江貴文氏や苫米地英人氏なども含まれている。しかし、彼らの常人とはとても思えないエピソードなどを見ると、彼らも一種の「芸」を持った人に違いない。常人というのが下手をすると、凡人になりつつある今、多少の変態性を良い教訓として得るにも良い本だろう ;-)

ところで、私は一度だけ博士の番組で名前が出されたことがある。「博士の異常な鼎談」というTokyo MXの番組なのだが、佐々木俊尚さんが出演され、「2011年新聞・テレビ消滅」に内容などを話された際に、私が以前提唱していた「3Cモデル(コンテンツ、コンテナ、コンベア)」(詳しくは私の著書をお読みください)をフリップで紹介し、私の名前を呼んでもらったのだ。ミーハーなので、なんか嬉しかったことを覚えている。調べてみたら、あの回が最終回だったようだ。光栄だ。

ネット上の医療情報

昨年末に手術したことは以前ここでも書いた。命に関わるものでもなく、緊急性も要しなかったため、病院と私の双方のスケジュールが合う年末を選んだのだが、実は病気が人間ドックで発見されてから3年弱ほど経っていた。

病気を指摘されてから、ネットで病気の情報を検索をするのだが、その病気が日本ではやや珍しいものであったこともあり、ほとんど見つからない。病名が診察の度に変わる(病気が変わるのではなく、細分化されたものに変更されたり、診察の結果、別の病名での呼び方になったりしたようだ)のもあり、その度に検索するのだが、それでもあまり見つからない。学術論文でもそんなには見つけられなかった。

当初はかなり不安を感じていたこともあり、英語での情報もあたった。すると、予想通り、日本語よりははるかに大量の詳しい情報に行き着くことができた。私の場合は、結果として命に関わるものではなかったし、その病気に関しては恐らくは日本でも最も権威のある先生がいる(論文を検索して確認した)病院にかかっていたので、英語で得た情報により治療方針などの変更をお願いすることはなかったが、病気によっては、この情報の差はそれこそ運命を分けるものになりかねないのだろうなと思う。

言語によって、情報空間が分離されることにはプラスとマイナスの両面があるが、こと医学に関しては母集団が多いほうがプラスなことも多いだろう。法制度なども異なるため、単なる言語の壁だけの問題ではないとは思うが。そもそも英語でさえ、「信頼出来る」医療情報がネットにないというのが課題になっているとも聞く。

専門家からの情報に加えて、患者本人や患者家族が発する情報というのも参考になる。しかし、これも病気によっては必ずしもプラスに働かない現実がある。私の病気と似た名前の治療方法がない深刻な別の病気があった。検索すると、そちらも引っかかってきたので、「闘病記」という名前がついたようなブログなどを読んでみるのだが、多くが、途中で更新が止まっている。

厳しい現実を知ることも重要ではあるが、藁をも掴む気持ちで情報を探す人にとってはあまりにも酷な現実である。せめてネットがもっと賢くなって、望む情報を得られるようになればと思う。

2013年4月29日月曜日

月とにほんご 中国嫁日本語学校日記

月とにほんご 中国嫁日本語学校日記
月とにほんご 中国嫁日本語学校日記

一時ほどではないが、会社にいろいろな出版社から献本が届く。IT系の本や付き合いのある著者や編集者からならわかるのだが、たまに送られてくる理由が良くわからないものもある。

月とにほんご 中国嫁日本語学校日記」もそんな本。

どこかで見たことのある絵だなと思ったら、「中国嫁日記」の著者の本だった。こちらもちゃんと読んだことは無いが知っている。

コミックエッセイ(それともエッセイコミック)というのだろうか、著者の日常をコミック形式と軽い文章で綴ったもの。読みやすいので、重い物を読む元気が無いときとかに良い。睡眠前や入浴時など。

そんな軽い気持ちで読み始めたのだが、中国嫁から見た日本語を綴った本書は思いの外(失礼!)、中身も結構充実している。矢澤真人氏(筑波大学教授)が監修として中にも登場しているが、日本語を学ぶ人から見た日本語の不思議が解説されている。

たとえば、「ぜんぜん」は否定で受けると私は覚えており、最近の否定以外でも受ける文章を正しくないと思っていた。しかし、「ぜんぜん」は明治時代にできた言葉で、当時は「すべて」という意味だったと言う。その後、否定で受けるのが一般しただけであり、現代の否定以外で受けるのは元の用法が復活したに過ぎないという。

そのほかにも、「生きた」日本語としての解説がされており、某IMEを開発したときに叩かれた身としては (^^;;; 自分たちの主張が間違っていなかったと理論武装できる大変心強い解説だ(じょーだんですので、本気にしないように)。

ほかにも、「ビルが建つ」のような言い方は中国語ではしないらしく、不思議な表現に思えるらしい。「XXX(人)がビルを建てる」が正しいはずであり、そこに主体をぼかす日本人の特徴が現れているとも言う。

読みやすいわりに(再度、失礼!)、得るものが多い。献本、ありがとうございました。