2015年1月15日木曜日

人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学

正常性バイアスという言葉がある。人間は「ある範囲までの異常は、異常だと感じずに、正常の範囲内のものとして処理するようにな心のメカニズム」(本書より)を備えているが、これを正常性バイアスと呼ぶ。

2003年に韓国で発生した地下鉄火災において、煙が侵入してくる車内においても静かに辛抱強く待っている人々の姿が撮影された写真を見たことのある人も多いかと思うが、このような(結果がわかってから見ると)いかにも奇妙な行動も正常性バイアスによるものである。
正常性バイアス(せいじょうせいバイアス、Normalcy bias)とは、社会心理学災害心理学などで使用されている心理学用語で、自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のこと。 自然災害火事事故事件テロリズム等の犯罪などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価したりしてしまい、「逃げ遅れ」の原因となる。「正常化の偏見」、「恒常性バイアス」とも言う。
正常性バイアス - Wikipedia
人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学」というタイトルから、主にこのような災害心理学について書かれたものかと思ったが、本書は災害心理学だけでなく(もちろんそれが中心ではあるが)、人類が避けることのできない災害に対してどのように取り組むべきか、さまざまな観点から述べられた社会学の本である。

発災後の人間の心理、防災の本質、避難行動、パニックについての誤解、日本には存在しないサバイバー(何故存在しないのかは本書を読んで欲しい)、ボランティアについてなど、本書でカバーする内容は幅広い。そのいずれにも新たな気付きがある。言われてみないと思いもしなかったことが、実例とともに示される。

実例と書いたが、本書の内容を豊かにしているのが、その豊富な災害例だ。過去の災害の記憶が、特に恐怖の記憶が早期の避難など災害時に生き残る行動につながる。その意味でも、本書に多く書かれている事例は貴重だ。

最後の第7章「復活への道筋」は避けられない災害に対して社会がどう対峙すれば良いのか参考になる。本書は2004年の発行のため、東日本大震災の話はまったく含まれていない。しかし、書かれている内容は東日本大震災後の日本においてもまったく色褪せない。

社会的な変化はそのライフサイクルに準じた内的要因と当該社会の外部から与えられるポジティブもしくはネガティブな力という外的な要因から発生する。東京という都市は、その成長期において、関東大震災および第二次世界大戦という2つの災害があったにも関わらず、そのライフサイクル的なタイミングと一極集中を進めるという国家の意思により、復興が災害前の状況に戻るというレベルにとどまらず、真の日本の中心に、世界の経済の中心に発展するというイベントとなり得た。と本書は書く。同じことはヨーロッパにおいても、たとえばロンドン大火災後の都市設計においても見て取れたようだ。復興後のロンドンは衛生面が大幅に改善し、ペストの流行が無くなったとも言う。

さらに、ペスト禍により人口が減少したヨーロッパでは、労働力不足を補うために、技術革新への社会的モチベーションが高まった(本書より)そうだが、ライフサイクル的に成熟から停滞期に入った日本においての災害からの復興はどのような変化を起こすことができるだろうか。それを決めるのは、まさに外的要因である我々日本人の意思ではないかと思う。

人はなぜ逃げおくれるのか―災害の心理学 (集英社新書)
広瀬 弘忠

4087202283

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