2015年2月15日日曜日

中森明菜 〜アーティストが他アーティストの楽曲をカバーするということ〜

「え、大丈夫?」

中森明菜の全盛期を知らない彼女は不安そうな眼差しを私に向けた。
昨年末のNHK紅白歌合戦で中森明菜がニューヨークから出演した時のことだ。

聞き取れないほどの小さい声で、意味不明な挨拶をし始めたのを聞いて、私でさえ森光子以来の放送事故かと思ったほどだ。

だが、中森明菜が歌い始めると、今度は別の意味で彼女は驚く。

「おんなじ人だよね」

中森明菜が復活した瞬間だった。

Rojo -Tierra- (初回限定盤)(DVD付)
Rojo -Tierra- (初回限定盤)(DVD付)

思えば、私と同い年であるにも関わらず、中森明菜の楽曲をまともに聴いたことが無い。スカした中高生だった私はアイドルなるものを全否定していて、同級生が中森明菜や松田聖子、河合奈保子といったアイドルの話をしていても、そこに加わることは無かった。

だが、同時代を生きるというのはこういう状況のことを言うのだろう。ヒットした曲のほとんどは歌えるし、その時代の出来事がすぐに思い浮かぶ。

昔なら考えられなかったことだが、中森明菜の紅白歌合戦の出演を見た後、すぐに彼女のCDを予約した。

紅白歌合戦でも歌ったRojo -Tierra-と今回の復帰前の中森明菜の活動の中心だったというカバー曲集の新盤である歌姫4 -My Eggs Benedict-

発売開始してすぐに、CDが届く。
Rojo -Tierra-は紅白でも聴いていたので、歌姫4から聴いてみた。だが、これはどうにもいただけない。完全に個人の趣味の話だが、彼女には他人の楽曲のカバーは合っていないのではないだろうか。

もともと声量があるほうではない。音域も狭い。CDだったらいくらでも制作時に変化を付けることも出来るだろうが、あえて彼女のこの特徴を活かすようにしている。私はそれが裏目に出ているように聴こえる。

1曲目のスタンダード・ナンバーは南佳孝の名曲で薬師丸ひろ子もメインテーマというタイトルで歌ったもの。男性の楽曲を女性がカバーするというのは面白いのだが、すでに薬師丸ひろ子が歌ってしまっているイメージが残っているし、アレンジはオリジナルの南佳孝のに近く、中森明菜としての色が出せていない。

2曲目の真夜中のドア〜stay with meは亡くなった松原みきのカバー。ラテンな感じのアレンジだが、ラテンアレンジだと同じく亡くなった松岡直也のミ・アモーレを思い出してしまい、酷なようだが、それとの差が歴然としてしまう。

きりがないので、もうやめるが、6曲目の愛のうたのアレンジなどはまったくいただけないと思う。

と、このように、個人的には極めて残念な感じなカバーアルバムなのであるが、それは中森明菜という重さが、元の楽曲に違う息吹を与えるというカバーに対しての極めてカジュアルな音楽の楽しみ方とマッチしていないからなのかもしれない。

それとは対照的にオリジナルのRojo -Tierra-は中森明菜らしさが良く出ている。浅倉大介と鳥山雄司による現代的なアレンジも素晴らしい。

こう考えると、中森明菜は何故カバーを歌うのだろう。それは「歌い継ぐことによって、後世に楽曲が残されていくことが出来れば(Wikipediaより)」という思いからなのか。

中森明菜の前に、名曲をカバーすることで復活したのが徳永英明だが、彼も同じようにコメントしている。「僕の歌う言葉とメロディがその人のプラスアルファの命になったらいいな、と。そう思って、時代の名曲を歌おうと思った」(「大病で引退寸前」から「カバーブームの牽引者」へ 徳永英明の波瀾に満ちたキャリアとは? - Real Sound|リアルサウンド

自分の歌唱力に自信がある場合、名曲を歌いたくなるものなのか。ただ、この2人に共通しているのも、厳しい状況の時や復帰時にカバーに挑んでいるということだ。同じような状況だったのが、椎名林檎だ。

唄ひ手冥利~其の壱~
唄ひ手冥利~其の壱~

彼女も出産後の復帰時にカバーアルバムを制作している。ただ、椎名林檎のカバーは原曲を破壊し、再生するというプロセスを経て制作されるものであり、私が椎名林檎の大ファンであるということを差っ引いても、中森明菜や徳永英明のそれとは違い、むしろジャズにおける主題と同じようなものではないかと思う。

アーティストにとって、カバー曲を手がけるか、さらにはそれだけでシリーズ化してしまうようなことをするかどうかというのは、アーティストとしてどこまで現役かということにも関わってくる。結局、カバーというのは過去のヒット曲に頼っている状態である。それが自身のものであれば、ベスト盤やセルフカバーという形になる。いずれにしろ、現役として常に新作を出し続ける、それにこだわるアーティストというのもいる。

今年初め、沢田研二のライブでの暴言が話題になり、それに反論するファンのブログがまた注目された。

◆「沢田研二論」 ~黙っとれ!の窮状~|中村区中村町の中村

マナー論については正直どうでも良いと思うが、少なくとも沢田研二が新作にこだわり続ける姿には敬意を表する。ロックだなと思う。

私生活でも話題を提供し続ける中森明菜であるが、ハラハラさせるようなその生き方もまたロックだ。カバーなどでお茶を濁さず、是非オリジナルに拘って、同時代を生きる我々にも刺激を与え続けて欲しい。

冒頭に出てきた中森明菜の全盛期を知らない彼女も言った。

「でもこの人、好きだよ。歌い始めた時に空気変わったもんね」

空気を変えられる唄い手はそう多くない。