2012年12月19日水曜日

東電帝国―その失敗の本質

出版社(文藝春秋)より昨年すでに献本いただいたいたにもかかわらず、やっと今になって読んだのが、この本、「東電帝国―その失敗の本質」だ。

読んでみて、あまりにも自分が無知であったことに情けなくなった。

私は資源工学科というちょっと珍しい学科を出た。

私が在学当時でも同じような学科を持つ大学は全国でも10も無かったのではないだろうか。今は学部名も学科名も変わってしまったようだが、当時はエネルギーや材料資源の探査から開発、加工、それに付随する安全工学までを網羅していた学科だった。

このような学科だったので、卒業後の進路としても石油開発会社や資源採掘を行う会社が多く、その中に動力炉核燃料開発事業団(動燃)も含まれていた。現在の日本原子力研究開発機構だ。同じ研究室で1つ上の院生の先輩が動燃に入り、人形峠だったか、東濃だったかの事業所に配属なったのを覚えている。

私の同期にも動燃から内定が出ていたのが1人いたのだが、彼はしばらくして辞退してしまった。直接理由を聞く機会は無かったのだが、噂では当時ベストセラーになっていた広瀬隆氏の「危険な話」を読んで気が変わったと言われていた。

危険な話 チェルノブイリと日本の運命
危険な話 チェルノブイリと日本の運命

私が小学生のころは、中国が核実験を行うたびに、放射能汚染された雲が日本にやってきて、放射能の雨が降るとか言われていたりしたころだった。今日は外に出ちゃだめよと母親に言われたりした。また、今よりも広島や長崎の原爆のことを取り上げた映画やドラマも多かった。

そんな環境の中で育った私だったので、学科にあった原子力研究をやっている研究室にも、あまり近づかないようにしていた。この「危険な話」が出たときは、すぐに読んだ。

広瀬隆氏はこの本より前に「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」という本も出している。

どちらも原発へ警鐘を鳴らすものだ。後者はハリウッドスターが晩年癌で亡くなるのだが、それがネバダ州での核実験の影響を受けたためであることをデータを元に指摘したものである。当時は戦慄を覚えながら読んだのだが、引用されているデータはその解釈も含め、間違いがあるのではないかということが後に指摘されている。

同じ頃、DAYS JAPANという雑誌が講談社から出版された。私が今でも所有して創刊号を見ると、広瀬隆氏と広河隆一氏による「四番目の恐怖」と題する記事が掲載されているのがわかる。これは、ソ連(当時)のチェルノブイリ、米国スリーマイル、英国ウィンズケール、そして日本の青森県六ヶ所村における原子力の危険を訴えるものであった。

このように、1980年代から1990年代にかけて、原発への不安を訴える情報はそこかしこに見られた。

それがいつからだろう。危険なものではあるかもしれないが、日本経済の発展には必要なものだと思わされるようになったのは。人間により制御可能なものであると信じるようになったのは。

そのような巧みな宣伝を行ったのが東電であり9電力会社だ。

この「東電帝国―その失敗の本質」では、日本のエネルギー政策の変遷とどのようにして9電体制が生まれたかを紐解く。また、唯一の被爆国でありながら、原子力発電を実現するに至った経緯を解説する。

自分が無知であったことを恥じると書いたが、私は、あの正力松太郎氏が原子力発電の父と呼ばれるような存在(原子力委員会初代委員長)であることさえ知らなかった。

著者の意図とは異なるかもしれないが、この本から私は日本での安定したエネルギー供給を実現する野望に燃えた人物たちのドラマを感じた。歴史を振り返ると、犯罪に近いと言える行為や、とてもフェアとは言えないような形で権利をもぎ取った人たちが見えてくる。だが、それも私利私欲のためだけでなく、日本の将来のためを考えての行動と思えるものが多くある。

この本で紹介される過去の東電の幹部たちは皆曲者ぞろいだ。だが、自社のためだけでない大志がそこからは垣間見れる。それは自社が日本経済にエネルギーを供給しているのだという誇りかもしれない。

過去の幹部たちのエピソードの紹介のたびに、著者も書いているのが、現在の東電にはその気概さえ見受けられないところだ。過去を礼賛するのではない。クリーンな企業運営でもない。隠蔽体質が無かったわけでもない。だが、いくつかの失敗があっても、当時の幹部やもしくは管理職たちが、プライドを持って事にあたった様子が紹介され、現在の東電にはその片鱗すら見られないと綴られる。

現在も福島原発事故の復旧に懸命にあたっているのも東電社員やそのグループ会社社員、下請け会社社員である。彼らこそはヒーローだ。だが、それを支えなければいけない東電という会社はどうなんだろう。そんなことを強く感じさせる一冊だ。

現在の東電や福島原発事故の原因などを知りたいとすると、本書の内容はちょっとがっかりするかもしれない。東京電力社史ではないかというレビューも見たが、良くも悪くも日本の生き死にさえ左右させかねない大企業の沿革を政治史とあわせて紹介しているこの本は貴重だ。

考えてみると、私は原発を斜め横ぐらいのところに感じながら生きてきているのかもしれない。生まれた年に東海村の原発が日本第一号の原発として運営開始され、中学時代にスリーマイル島事故が起き、大学時代にチェルノブイリ事故が起きた。そして今、福島原発事故だ。来年は年男、そんなときに原発の再稼働を進める自民党が与党に復帰。

直接に関わることはないと思うが、もはや他人ごとではなくなった。もう見ないふりは止めよう。

東電帝国―その失敗の本質 (文春新書)
志村 嘉一郎

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